2007年6月 4日 (月)

材料不足

☆ 弱気にも強気にもなるべき材料がない。ニュートラルというより,どっちつかずと言った方が良いのか?国内株式市場の需給については幾つかの議論があるが,信託銀行の売り物がいつまで続くのかという点を注視すべきなのだろう。どちらかといえば高値安定している優良株には,絶対的な安値で拾った何とか機構は「いつ売りを出しても利益が確定できる」状況にある。しかし人間の心理は微妙なもので,「いつでも売れる」と思っていても,「いま売らなければ下がってしまう」という感情と「いや,まだまだ上がるに違いない」という感情がせめぎ合っている。こういう時,自分の資金ではなく預かっている資金の場合は,忠実義務があるから「妙な色気を出さずに売っておく」ということになる。

☆ むろん,売った後に株価が下がれば,株式に投入できる資金枠の水位が下がってくることになるから,下げれば買い手として出てくる向きもあるだろう(郵政資金など)。が,こっちの何とか取得機構は,損さえ出さなければスムーズに売ることがこの時点での役目であるから,売ってしまえば「ハイそれまでよ」ということになる。新たな売り手にはならないが,買い手にはなってくれないことになる。ここが悩ましくもあるのだが。。。

☆ 買い乗せするような雰囲気もなく,売るには早過ぎるような強気の虫が騒ぐ。どちらにつけても見送るしかないのが,ここのところの市場に対する正直な感想だ。

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2007年6月 1日 (金)

バブルとその崩壊の論理について = JPMorgan 北野レポートを読み解く

☆ JPMorganの北野氏が面白い指摘をしている。少々異論があるので,北野氏の論旨を紹介しながら検討する。

☆ 北野氏が注目したのは時価総額と名目GDPの推移で,これを1980年代後半の日本(Topix),1990年代後半の米国(S&P500)のそれぞれで見ると,時価総額対GDP比率が1.4に接近したところで破裂しているという。一方,現在の中国(上海,新センそれぞれのA,B株)は0.8であり,当時の日米水準に達していない。更に言うと,これら市場に対する海外からの流入資金は小規模に過ぎない。

☆ 次に北野氏はFRBグリーンスパン「前」議長の発言にも注目する。グリーンスパンがFRB議長時代「根拠なき熱狂なのかどうか。。。」と発言したのは,1996年12月。当時,米国の時価総額対名目GDP比は,現在の中国の値に近い0.7であり,この発言からITバブル崩落までは更に4年がかかっている。ゆえに北野氏は「最終的にはグリーンスパンは正しいのだと思うが,予測誤差は数年単位に及ぶことがある」と指摘している。

☆ 有名なエピソードだが,米国で大恐慌を前にして「株式市場の崩落」を予告し続けた人がいる。その数30数回。それだけ「当たらなくても言い続ければいつか当たる」。似たような話に某資産家は街角で靴を磨いて貰った時に靴磨きの青年から「株式投資はしていないのか」と尋ねられ,その直後に持ち株を全部売ったというのがあるが,当時の米国の資産支配状況を考えるとこの話は出来過ぎ君かインサイダーのどちらかであろう。もっとも,大恐慌の間際までジェシー・リバモアが空売りを重ねていたというのは事実であるらしいが。

☆ さて,北野氏はグリーンスパン発言「このままいくといずれ中国株は劇的な収縮に見舞われるだろう」をいったん引き取った上で,こう問いかける。「それによって適正なバリュエーションを維持しているほかの国の株式相場が連れ安しなければならない理由はない(のではないか?)」。ここで北野氏が例示するのは,日本株のバブル崩壊時の影響の低さだ。

☆ むしろ。。。と北野氏は指摘する。世界経済の体温計として考えた場合,2005年まで下げ続け,その後反転上昇している中国株よりも,2003年以降上昇トレンドを維持している米国金利の方が信頼できるのではないか。そして米国金利が上昇トレンドを維持している中での中国株の下落に対してはまだ冷静に対応できるように思われると締めくくっている。

☆ ここから北野氏の強気が覗えるのだが,確かにわれわれは歴史に学ぶ必要はある。大恐慌までの米国株はいったい何年間上がり続けたのだろうか。それは説得力がある主張だ。さらに円高不況の1987年春を底に上昇し続けたハイテク相場。その1年前から橘田天皇の号令の下,ウォーターフロントを駆け上がった野村の「大腕力相場」,あれに匹敵するのは,ソニー,ソフトバンク,光通信の大暴騰相場。別名「アナリストと掲示板の大相場」とでも言うべきITバブル相場であろう。これらの相場の特徴は,全員がイケイケになっただけではバブルは崩壊しないということである。何か予兆ときっかけがないとこうした相場は崩壊しない。

☆ 日本のバブル相場の最後は組織暴力団の首領まで巻き込んだ仕手相場だった。そこではモラルハザードの典型と人為的に歪まされた先物相場が織りなす壮大な「祭り」があった。片倉工業や松坂屋の株価を覚えているだろうか?若築建設株の崩壊が何の引き金を引いたのか,木戸"修羅場"次郎氏に尋ねてみるといい。

☆ アラン・グリーンスパンという人物は,根っからのエコノミストである。生涯一エコノミストとして,米国経済史に名を遺すであろう。しかし,エコノミストは常に間違う。それは人間の心理の綾までを分析することが出来ないからだ。中国であろうと日本であろうと米国であろうとブラジルやインドであろうと,相場とは還元すれば「人間が織りなすもの」であるから,その死命を握るのは個々のバラバラで自分勝手な人間達である。先物を知らずに現物株の仕手相場を続けた日本のバブル。財務諸表より掲示板が優先された米国のITバブル相場。夢と現実の区別もつかないアナリストレポートが振り回した日本のITバブル相場。それは残念ながら「歴史」ではなく「経験」の集積に他ならない。中国のバブル相場にいちばん不足しているものこそがこの「経験」である。経験はしてみないと分からない。つまり「バブルは弾けてみないと分からない」。いかに北野氏が賢察しようと,これだけは想像も及ばない。

☆ そして今年の秋は,中国・米国ともに政治の秋である。果たしてここでリアルな「桐一葉」が落ちることとなるのか,あたしには理解できない。ただ,壮大な収縮の後,何にベットすべきなのか,それだけが今の頭痛の種である。

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2007年4月 3日 (火)

ウチ目均考(28)~買収ファンドについて

日本経済新聞第43541号(2007年4月3日=火=)第17(投資財務2)面

 「一目均衡」=買収ファンドの社会的意義 (編集委員 小平龍四郎)


☆ 一読して「公正な議論」だと思う。あたしはある種のファンドは解体屋だと書いたが,ドイツ人にも同じ考え方をする人達がいるようで非常に心強く思う(笑)。ここでの問題は先日まで放送していた「ハゲタカ」のように,会社におけるステークホルダー間の利害対立がベースになっている。

☆ あらゆるファンドは,その性格上パフォーマンスを上げることを求められており,ファンドへの投資者がそれをどの程度のスパンで達成することを求めているかでそのファンドの性格が決まる。ただ多くの場合,ファンドマネージャーは株価指数をベンチマークとしてそれに対する相対リターンをコミットメントし,その上でファンド自身の絶対リターンを追求することになる。

☆ これに対し会社そのものへの出資者は,こうした短期リターンではなく,Going Concern(会社自身の継続性)により長期的なリターンを積み上げることで,長期に亘る安定的な投資成果を得ることを期待する。そのような出資者が株主の立場で経営者に期待することは,継続的かつ発展的な成長であり,その成長の果実である配当や時価総額の向上だ。

☆ 時価総額で企業価値を測ろうとする考え方は,ITバブルやライブドア問題で否定された訳ではなく,三角合併をキー・ワードとする買収時代に入り,ますます重要になっている。買収ファンドでもその成果を定量的に測定するという意味で時価総額の持つ意味は大きくなっているだろう。


=以下続く=

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2007年2月 2日 (金)

ウチ目均考(27)~同じように書いて比較してみよう

☆ 不二家の製品から会社が自主的に決めた基準を守らない商品管理が明らかになった問題と日興コーディアル証券がSPCを使って利益操作をした問題とを比較してみる。ついでだからライブドアが東京証券取引所の時間外取引でニッポン放送株式を大量取得した事例とも比較してみる。


(不二家)

① 消費期限切れの牛乳を原料としたシュークリーム約2000個を製造し、関東、福島、新潟、静岡の1都9県に出荷した事実を把握しながら回収や公表の措置を取らず隠ぺいしていた。
② アップルパイなどに使うりんごの加工品の賞味期限切れを4回使用していた。
③ 細菌検査で出荷基準に満たない「シューロール」と呼ばれる洋菓子を出荷していた。
④ 菓子箱に虫が混入するトラブルが2005年発生し、同社が原因を調査した上で購入者に謝罪していた。

(日興コーディアルグループ)

① 日興プリンシパルインベストメンツ(NPI)のベルシステム24株式の買収スキームの中で,特別目的会社(SPC)として設立したNPIHを連結の範囲に含めなかった。
② NPIHに自社株転換条項付債券(EB債)を発行させた。
③ EB債の発行日を遅らせた(ベルシステム24株式の株価下落リスクを避けるため)。
④ NPIHにベルシステム24株式のTOB(株式公開買付)をさせた。
⑤ NPIにはEB債の評価益(約147億円)が発生し,同額の評価損がNPIHに発生するのに,NPIHが非連結であるため,日興コーディアルグループは,NPIのEB債浄化益のみを計上した。

(ライブドア) ※事実関係ではなく,考察。

① 当時の法整備・市場運用ルールに不備があった。ライブドアが行った大量取得行為自体は,当時の制度上,何の違法性もない。
② 企業倫理面から「望ましくない行為」であるという批判を受けた。
③ 一部の有力商法(会社法)学者からは,市場ルールを骨抜きにする実質的な脱法行為であるという厳しい批判を浴びた。


☆ ライブドア裁判の最終弁論で弁護側は「帝人事件(戦前の有名な疑獄事件だが,検察のでっち上げである)」に比較して,検察のロジックは「蜃気楼である」という激しい批判を行った。昨年1月当初,東京高検が作りあげたストーリーは妥当性のあるものだとあたしは思っているが,その後の公判までの推移,公判時の展開を見る限り,弁護側の主張にも相応の説得力があると思う。


☆ 法規範は社会規範の一部であり,社会規範(倫理など)で非難し得たとしても,法規範は法規範の解釈を持つべきである。検察の論理は「蜃気楼」かもしれないが,ライブドアが象徴する一部の新興企業に共通するものは「逃げ水の成長」ではないか。それはまるで無限連鎖講にも似ている光景だ。これを法規範として断罪して良いのかと問われると微妙な感じがするが,社会規範としては「行うべきではないこととやっても構わないこと」との間に引いた一線を超え,逸脱した行為だったのではないか。


☆ 不二家の場合は,それが人の口に入るものだという特殊性もある。食べ物の管理について,通常の「物の管理」に比べ,より厳格な管理を求めるのは,法規や行政指導によってではなく,社会の要請である。だから,不二家は風評リスクに晒され,同じように風評リスクを好まない大規模小売業の店頭から直接関係ないと思われる商品(非生菓子である洋菓子類)が撤去された。


☆ 日興コーディアルグループの場合はどうなのか?証券会社は市場の構成員であり,市場規律の維持という点で一般の発行会社よりも厳格なルールに則るべきであろう。そうでなければ,我々の国では市場秩序を保つことが出来なくなってしまう。それがどういう事態であるか理解できるのであれば,会計上のテクニックについてはより厳格な適用を求められなければならない。厚生労働大臣の失言がそうであるように,世の中には「取り返しのつかないこと」というものがある。取り返すことができない以上,いったん市場から退場し,改めてその存在意義を世に問い,世の中から受け入れられるまでの間は,少なくとも市場への上場は認められないのではないだろうか?


☆ これは一度失敗したら永遠に復活できないという意味ではない。再チャレンジそのものである。

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2007年1月25日 (木)

ウチ目均考(26)~株式持ち合いは好ましくない

☆ 事業法人の株式持ち合いは,好ましいことだと言えるのか?


・ 外資ということを意識した時代は,戦後3,4回ある。最初は財閥解体。でもこれは個人株主作りだけで終わった。次は1970年頃の資本自由化。この時は,例えば三菱自動車(当時)がクライスラーの資本を受け入れたり,日産自動車がプリンス自動車を吸収合併した。この辺りは産業政策を主管する当時の通商産業省の影響が大きかった。その次はバブル直前の時期。きっかけは急激な円高であり,財テクという言葉が人口に膾炙し,企業はこぞってユーロドル債を発行した。その頃から銀行・生保と事業会社との間の株式持ち合いが密かに進んでいった。


・ この現象が何を生んだか,そのうち上映される映画を見るまでもなく分かるだろう。90年代後半のデフレスパイラルにモラルハザードの元凶を見るというのは偏った見方だとあたしは思っている。その路線を敷いたのは80年代であり,性懲りもなくそれから10年間ほど居座った連中こそがハザードである。リストラや貸し渋りは結果としての事象であり,それを助長したのは,都合の良い時だけ正義の味方面をするマスコミとそれに抗することも信念を通すこともなかった政治家である。


・ 何が言いたいか。原因は何であれ(資本自由化が三角合併の解禁に変わろうが),資本主義社会において資本を効率的に運用しないことは悪だと言える。それは都合の良い時だけ株主面する連中の言うことを聞けという意味ではない。資本政策を含めた企業の全体像がCSRに依拠することを理解しない経営者はそれを理解しているものと交替すべきだという正論を言っている過ぎないのだ。

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2007年1月18日 (木)

喉に小骨が刺さったままで

☆ 喉に小骨が刺さったままで本当にこのまま株式市場が上昇できるなどと,よもや極楽とんぼなことは考えていないだろう。今週初めに市場は25ベーシスの利上げを織り込みに行った筈だ。ところが空気の読める財務大臣が余計なことを言ったのが報道されたあたりから,風向きが一気に変わってしまった。火曜日は米国市場待ちにかこつけて総見送りとなり,水曜の朝は新聞テレビが「利上げ見送り」の大合唱を夏の朝の熊蝉みたいにやっていた。これでお終い。昨日の朝,冷たい雨の中をそそくさと車に乗り込む「白コアラ(=福井日銀総裁)」が不機嫌に見えたのはあたし一人じゃあるまい。

☆ 日銀はよく間違う。また日銀が間違うことによって,政治家は圧力を掛けやすくなる。今回の「上げ潮オヤジ」もそうだが,こういう露骨な姿勢はお公家様集団日銀を十二分にいじけさせてきた。確かに先月と今月でどこが違うんだと言われればそこまでである。では白コアラが日頃口にする「Foward-Looking」とはどういう事なのか?何をもって先見性をもった金融政策とするのか,あたしには皆目分からない。

☆ これで当面の利上げはなくなるだろう。来月になれば今月よりも指標は弱くなるだろう。それは生産や投資についてではなく,消費や街角景気についてである。こうしてダラダラと0.25%の誘導金利は選挙まで続く。もう既に4月の統一地方選挙は始まっているのだから。

◎ ソフト・コモデティ(穀類),外国為替(円を中心とするクロスレート),低位株(テクノロジー,建設など昨年放置されていたもの,悪材料を織り込みに行っているもの)。されど「リバウンドはリバウンド」。放り上げれば,時間をかけて落ちてくる。

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2007年1月 5日 (金)

証券税制についての論点と提言

☆ 証券税制についての論点をまとめる。

(1)株式市場の参加者の多くが退職者,主婦などの「無業者」であり,家計所得水準も700万未満が3分の2を遥かに超える。株式市場の参加者の大多数は「優遇されるような金持ち」どころか,将来の不安に備え,自分の力で積極的に資産形成を進めている人々である。この「チャレンジ」を支援することは,厳しい将来に対する国民の個人・家計レベルでの自律的な備えへの支援になっても,格差形成やその「是正」などとは「何の関係もない」ことは明白だ。

(2)株主は,企業が法人税などを納めた後に「剰余金」を配当として得ている。本来であれば配当金を個人所得として課税することは二重課税だ。二重課税の結果である配当税制と課税前の状態である利子税制とは異なって当然。利子に対する税率の方が,配当や譲渡所得に対するそれよりも高いのは課税過程を考えても当然のことだ。

(3)金利は,個人(法人)の銀行に対する債権の利子であり,譲渡益とは異なる性格のものである。譲渡益に対する税制と利子に対する税制を「金融所得」として一括課税するというのは,自家用車を購入した際の消費税と自動車取得税,自動車重量税などを一括して(同じ税率で)課税するというのと同じくらい不合理だ(もちろん自動車の場合,全ての税率が消費税率と同じになるなら,誰も反対しないだろうが)。

(4)例えば2年後から税率が2倍になるのなら,2年以内に誰もが株を売ってしまうだろう。長期保有した株式の税率が短期保有のそれよりも重いのは税の基本原則に反する(不動産の譲渡課税を考えれば明白)。

(5)本則税率を20%のままにするのであれば,以下のような激変緩和措置を検討すべきである。

 (A)・・・ 保有期間による緩和措置
      1年未満の保有 20%
      1年以上の保有 10%
      5年以上の保有  5%

 (B)・・・ 段階的課税率
      譲渡益の合計額が1,000万円以下  10%
      1,000万円超5,000万円の部分     15%
      5,000万円超の部分              20%

    この場合,例えば譲渡益税8,000万円の人はこうなる。
    イ)1,000万円以下部分 (10%)   100万円
    ロ)5,000万円までの部分(15%)   600万円
       ∴4,000万円×15%=600万円
    ハ)8,000万円までの部分(20%)   600万円
       ∴3,000万円×20%=600万円      
         合計1,200万円

    すべてが20%だった場合=1,600万円
        (税軽減額400万円=利益の5%)

    おそらく殆どの人が,譲渡益の合計額1,000万円未満
      に収まるだろう。

 (C)・・・(A)・(B)のミックス
    1年未満の保有分はすべて(B)による。
    1年以上の保有分はすべて(A)による。
    長期投資(資産形成)を優遇する手段として提案する。

☆ 考え方のポイント

◇逓増税率・・・通常の税制は逓減税率であるが,この場合は「逆進性」が発生する(大して利益が上がっていない人ほど税負担が大きい)。基本的に譲渡益だけで1,000万円というのは非常に高いハードルであるから,それを超えた部分の税率が高くなったとしても,トータルでは本則税率一本の場合より有利となるから不公平感は減少する。

◇長期優遇・・・資産形成に対する税制からの支援を本旨と考えた場合,短期譲渡課税を本則税率として,長期優遇税制を導入することは効果的。金融ビッグ・バンにより手数料自由化(定額化)を進めた以上,売買回数による「みなし条項」の復活はあり得ない。短期的な投機は市場に厚みを与えるために重要であり,短期売買だけを一律的に本則税率をかけることは合理的ではない。よって,短期売買であっても譲渡益が一定のレンジに収まっていれば優遇税率を残す併用案を提案する。

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2006年12月26日 (火)

ウチ目均考(25)~市場規律

☆ 日興コーディアルグループの不正会計問題について考える時,公共財としての株式市場では,いったい何が守られるべきかという問題にまとまっていくように感じる。話の実態は,確かに「グレーゾーンを用いた出鱈目な会計処理」がまかり通っていたということであろう。これに対して一罰百戒的に断固たる処置をすべきだという声は,特に若い個人投資家層に多い。これに対して,一罰百戒が横行することへの懸念を唱える向きもいる。確かに今年の株式市場に暗い影を落としたのは,ライブドア事件の強制捜査から村上世彰の逮捕に至る「国策捜査」と呼べなくもない検察庁の強い姿勢にあった。特にライブドア事件の裁判過程をワイドショー的視点を一切拭い去って追いかけてみると,検察の法理に当初の勢いが無くなっていることが分かる。グレーゾーンを法がどう裁くべきなのか,これが来年早々に行われるであろうこの裁判の一審判決によって垣間見ることができるだろう。

☆ しかし,証券取引法を構成する要件の問題とは別に,資本主義国家にとって非常に重要な公共財である株式市場においては,いったい何が守られるべきなのかという問題がある。これは法規範というより社会規範の問題であるが,一般の市場参加者にとってはより重要・切実な問題だと思う。あたしの考えでは,株式市場において守られるべきものは,ひとことで言えば「その市場に対する信頼(信用)」であるだろう。それはあらゆる市場参加者(狭義の参加者である投資家のみならず,広義の参加者である発行会社(=上場企業),証券会社,取引所,監督官庁など株式市場における全てのステークホルダーを指す)の市場(資本市場,発行市場,流通市場)に対する「信頼(信用)」ということに他ならない。

☆ 日興コーディアルグループの不正会計問題をこの点で検証する。

(不正会計の内容)

・ 日興コーディアルグループの子会社が,特別目的会社(SPC)との取引に使った債券の発行日を偽装した。
・ さらに,取締役会議事録も改ざんした。
・ その結果,日興コーディアルグループの2005年3月期連結決算の利益が水増しされた。

(当初の指摘~日本経済新聞2006年12月16日号一面)

・ 2004年8月に日興コーディアルグループの子会社とその子会社(孫会社)との間でデリバティブ取引を行い,その結果,子会社は利益計上し,孫会社は同額の損失を計上した。しかし,日興は子会社のみを連結対象として,孫会社は連結対象外とした。これによって,日興は2005年3月期の連結経常利益の22%に当たる額をかさ上げした。

・ さらに日興は,この2005年3月期の財務諸表を開示資料として,05年11月に5百億円の社債を発行した。

(その後の経緯)
・ 日興首脳は当初子会社の「担当者が書類作成上のミスを取り繕うとしただけ」などと利益を水増しする意図や組織的な関与がなかったとの立場を取った。


☆ 問題となる点を挙げてみる。

(1)コンプライアンスの問題 =一般的なCSR(企業の社会的責任)の立場からの議論=

・ 子会社と孫会社との間の取引の適切性。
・ 会計監査人のチェック機能
・ 取締役会の機能=伝え聞くところでは社外取締役から問題点の指摘があったという。
・ 内部統制の問題:なぜ取締役会議事録のようなものが簡単に改ざんできたのか?常識的に考えて,一社員が改ざんを指導したとは考えられない。
・ 使用者責任:日本の経営者に求められる機能は,監査役(会)設置会社の場合,執行機能もある程度以上求められる。従業員がやったことという説明は,取締役の職務懈怠責任以外の何でもなく,そんなことを記者会見で平然と言える役員を持つ会社の従業員は気の毒としか言い様がない。

(2)市場から見た問題

・ 日興コーディアルグループは,単なるブローカー(仲介業者)ではなく,自己取引(ディーラー)部門や引受(アンダーライター)部門を持ち,市場への関係が密接なステークホルダーである。
・ そのようなステークホルダーが,コンプライアンス上問題があると思われるグレーゾーンの取引を行うこと自体が市場に対して,その信頼をあやめた点で厳しく責任を問われるべきことと考えられる。
・ さらに,問題の発生を公にすることもなく,使用者責任を棚上げして「社員がやりました」と堂々と会見する姿勢は,とうてい問題の重要性を認識していないものと考えられる。
・ その姿勢には,いち日興コーディアルグループの問題ではなく,東京市場全体の問題という認識の欠如がある。東京市場全体とは,市場に対する信任に傷が付いたという問題である。

☆ 結論

・ このように市場のステークホルダーである証券会社(特に引受部門まで備えた総合証券会社)には,一般の発行会社にも増して,市場の信任を維持していく厳しい責務が要求される。
・ 今回,日興コーディアルグループが行ったことは,このような市場の信任に泥を塗り,あまっさえ取締役がその責任の重要性を全く認識していないという点で,15年前に表面化した「証券スキャンダル(損失補填問題)」に勝るとも劣らない深刻な事件と断言せざるを得ない。
・ 東京証券取引所は,公共財としての市場の信任を維持していくためにも,このステークホルダーによる深 刻な規律違反に対して,市場からの撤退という処分を下すべきである。それには上場廃止しかあり得ない。

PS.あたしは,この記事を発表するにあたり,以下のことを宣誓します。

(1) あたしは日興コーディアル証券に稼働中の口座を持っています。

(2) 現在,あたし自身の取引で日興コーディアル証券のポジションはありません(現物・信用とも)

(3) あたしは年内(12月29日=大納会=)まで,自分自身の勘定(=口座)で,日興コーディアル証券株式の売買は行いません。ただし,来年(2006)の大発会以降は,この銘柄についてのポジションは明らかにしません。

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2006年12月21日 (木)

ウチ目均考(24)~独眼流,語る。

日本経済新聞第43440号(2006年12月20日)第17(投資・財務2)面

◇株主とは~私の市場論 ① 「賢い存在に謙虚に学ぶ」 (石井 久 立花証券取締役相談役)


☆ 久々に見た独眼流(念のために書いておくが「独眼竜」ではない)は,さすがに老いていた。83歳。相場師としては是銀と同じくらい長生きである。ただ,独眼流と是銀の違いは,後者が市場の外から参加し,それも専ら老年期に名を上げたのに対し,独眼流は名前の通り,相場の世界を生き,生き抜いた人である。有名な「桐一葉 落ちて天下の 秋(とき)を知る(=日経新聞の解説にある”スターリン暴落”を「予言」したエピソード」は,1953年のこと。独眼流30歳になろうかという時期の実話である。


☆ 市場人でありながら,独学で経済を学んできた彼らしく,日本経済の戦後の発展の原動力を証券市場に見る。これは事実だ。護送船団だの何だのというが,一方で資本自由化の荒波を乗り越えるには時価発行が出来なければならなかった訳だし,整備が遅れたことには多々問題を残しはしたものの,戦後経済を支えたのは間接金融だけではないこと(その最たる証拠が「日本興業銀行」だろうと考える)は事実だ。


☆ 独眼流が「相場の先行きは99%予測できる世界になった」と語っていることに違和感を感じる人も多いだろう。彼はいい加減な駄法螺を吹いているのではない。それはこんな発言とペアになっていることからも分かる「短期売買は相場をにぎやかにするが,長期的には弊害のほうが大きいのではないか」。独眼流は,長期的な経済の成長に投資収益の機会があるという考えなのである。


☆ 確かに「それはあんた(独眼流)が相場を張っていた時代(実はそんなに長くない。立花証券が潰れるどころか,一時は兜町を代表する個人投資家の店であったことが証明している)だけの話だ」という批判もあるかもしれない。しかし,どんな国家でも成長する産業と衰退する産業がある。いかに人気があっても後者を選ぶことなく,前者を捜し育てていく位の覚悟をもって相場に望めば,道は開けるだろう。さわかみファンドや竹田和平氏のようなよい見本もあるではないか。


☆ 先ほど引用した部分の直前に独眼流がこう話している。「最近のデイトレーダーのような短期志向の投資家はいかがなものか。コンピューターのおかげだと思うが,わずか十分程度で売ったり,買ったり,そんなやり方で財をなせる人はいない。」これにも反論があるのを知っている。「小手川君がいるじゃないかとか。。。」でもその彼ですら「相場を放り出したい」という発言をしたことがある。大局観を持たぬまま相場の奔流の中に身を投じるのは,以前も話したように丸腰で戦場に出るようなものだ。相場はいつでも開いている。そこで何を目指すのか。自分の投資先企業の成長の果実を享受しながら資産を作っていきたいのか。丁半博打を楽しみたいのか。そういう「姿勢」を彼は問うているのではないか。


☆ ただそこは株式市場の中でしたたかに生き抜いてきた彼らしく,読者に対するリップサービスも忘れていない(これをそう捉えるのかどうかで,相場感応度が判るかも^^;)。来年は海外企業による敵対的TOBが増えると言っているのは,例の会社法による「三角合併の解禁」が念頭にあるが,既に今年からTOB自体がひとつのテーマになっていることからもわかる。これは目先的な話ではなく,世界的な資本の再編成が大規模に幾つかの業種で起こり始めていることを指している。あくまでも独眼流は「大局観」なのだ。また,このコラムで最も興味を引いたのは,株式相場の先行きだった。引用する。


「いまの上昇相場は,あと二,三年ぐらいしかもたないのではないか。日本の政府は約八百兆円もの借金を抱え,人口減少という深刻な問題に直面している。こういう国の経済が中長期で強くなるはずがない。消費税率の引き上げがはっきりしてくると,相場の活況は終わりを迎えるだろう」

「今はさしあたり五合目。これが天井に近づいたら,私は人生最後の売り推奨を出すつもりだ。それが立花証券のお客様や従業員への最後の恩返しになると思っている」


☆ ジジイが勝ち逃げかよと嗤うことなかれ。独眼流の前回の売り推奨は1990年である。


--株式投資を始める人にメッセージを

「株というのはどこかで大天井を打つ。その局面で必ず持ち株を全部売ることを念頭に置いた上で投資してほしい」

「重要なのは株式投資をすれば世の中が見えるということだ。経済の理屈がいくらわかったところで,投資をしない人には知恵がない。株をやっているからこそ,景気や物価の流れがわかる」

「相場は人間より賢い。だから株価から教わることだ。過去を知って,未来につながる。投資家は謙虚に学ぶ姿勢を忘れてはいけない」


☆ 何も付け加える必要はない。そのとおりである。

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2006年12月19日 (火)

ウチ目均考(23)~誘導者への異議申し立て

日本経済新聞第43439号 2006年12月19日(火)第17面(投資・財務2)コラム「一目均衡」=内部統制プレミアム=


☆ これを書いた編集委員小平龍四郎は,米国で実際に会計不信からサーベンス・オクスレー・アクト(米国企業改革法)へ連なる混乱を現地で見てきた。昨今はJ-SOXなどという気の利いた名前で売込みが喧しいが,この規制に対応することがどうして必要なのかという基本的な議論が全くなされないまま,米国の右向け右でビジネス化していることに底の浅さというよりもしろ胡散臭さを感ぜずにはいられない。


☆ この法律の精神を見ていると,ISO9000シリーズ会計版のような印象を受ける。ISO,国際標準化機構の9000番台は,最初,製造業における品質保証の規格としてスタートした。最終的な製品の品質保証を考える場合,アッセンブリ(組立工程)だけが品質の対象ではなく,その原料や労働環境といったものの全てが製品品質を左右する。つまり,原料からスタートし,購買,製造,出荷,販売と網目状に広がりを持つ一連の工程全体が,保証されるべき品質として品質マネジメントシステムを形成している。


☆ 日経の「一目均衡」で紹介されているTDKの対応を見ても分るが,各工程における細かなリスクの洗い出し,その個別に対する対応策の提示と検証(PDCAサイクル)。。。実際にこの担当をした人間がいれば,それがどれほど「果てしない」問題であるか,言語を絶することだろう。小平三菱電機の例を引きながら「内部統制ルールに伴う文書化は,企業にたまった暗黙知を株式市場に理解されやすい形式知に翻訳する作業だともいえる。」と呑気に書いているが,今までのすべてのマニュアルが失敗し続けたことを,たった一つの法律のお陰で万能にも,何の障害もなく出来るようになるとでも思っているのだろうか?そんな夢みたいなことが出来れば,人間はもう必要ないということにはならないか?この膨大な消しこみ作業が,単なる作業の消しこみとしてしか捉えられないのであれば,虚しいと言う前に人的資源の無駄遣い以上の何であるのだろうか?小平はそれを「内部統制プレミアム」と呼んでいるが,そうでもなければ,こんな賽の河原の石積みみたいなことをやらされている善良なサラリーマン達の努力は報われないことだろう。


☆ 確かに上場企業の中には,株価表に名前を載せるのも恥ずかしいデタラメな企業が山ほど存在している。こういう企業が来年以降,順次淘汰されるのは既に予想した通りであるが,そういうデタラメな会社のとばっちりでJ-SOXなどというものが罷り通る現実こそ,市場の精神的貧困そのものではないか。会社単位どころか市場単位で詐欺まがいな上場が罷り通っている現状こそ,まず是正されるべきではないのか?ここでこう書いたところで,金融商品取引法は個人情報保護法同様に成立し,やがて全面施行される(だから,これを書いている今現在は,まだ「証券取引法」なのだが)以上,激変緩和措置が必要なのではないかと考えてしまう。


☆ ところで,小平は素知らぬ貌でこう書いている。

> 内を見つめ直す日本企業が,市場にさらすものは何か。プレミアムがつくばかりか,逆に無残にはげ落ちる企業もあるはず。日興コーディアルグループや,ミサワホームホールディングスの子会社で不適切決算が明らかになったのは,皮肉なほどタイムリーだ。


☆ これに対して昨日このようなメールマガジンを読んだ。あたしは,この感想の方が正しい思う。


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2006/12/18 No.1228
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 10秒で読む日経!視点が変わると仕事と投資のネタになる
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   今日のNews
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●証券大手日興コーディアルグループが2005年3月期決算で、不適切な
  会計処理をした疑いがあるとして、証券取引等監視委員会が調べを
 進めていることが15日、明らかになった。グループ企業の会計処理で
 利益を水増しした疑いがもたれている。
                 日本経済新聞 12月16日
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   佐々木の視点・考え方
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★このニュースの仕組みはライブドア事件と全く一緒。傘下のSPCを使って、利益操作をしていたもの。
 このことを採りあげた3月16日の参議院での質疑によると、質問者はライブドア事件よりも悪質だと言っている。
 http://tinyurl.com/y8ps9t
 このニュースを読んで「新しい事件?」と思ったが、朝日新聞の土曜日の記事中にあった表を見て、以前に当メルマガで書いた問題だと気付く。

引用開始---------------------------
                     2006/02/01 No.1037
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   佐々木の視点・考え方
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★大手証券は、上場企業の公開やエクイティファイナンスの引受けや、株式仲介業務を通じて株式市場や上場企業に多大な影響を与える存在。
 それゆえ、証券会社の財務諸表やディスクローズ姿勢は公開企業全てに模範となるものでなければいけない。
 さて、昨今のマスコミを賑わすIT関連企業騒動で重要な役割をするのがSPC(特定目的会社)。
 3社とも子会社に投資会社を持ち、その子会社(孫に当たる)がSPCを作っていて、そのSPCを使って株式投資をしている。つまり、株式投資先は証券会社の曾孫に当たる。
 孫も曾孫の株も過半数を所有しているのだから、会計原則から言えば連結範囲に含めた会計処理をしなければならない。
 しかし、大手3社は傘下のSPCを巡って異なる会計処理をしている。3社が決算するに当り、どこまで連結範囲に含めているかは下のとおり。

            野村   大和   日興
(親)持株会社            ◎   ◎      ◎
(子) 投資会社      ◎   ◎    ◎
(孫)SPC        ◎   ◎    ×
(曾孫)投資先企業   ◎   ×    ×

 思い起こせば山一證券が破綻したのは「飛ばし」によってだった。不良債権を本体以外のペーパー企業に付け替えた処理が常態化し、支えきれなくなって倒産した。
 SPCやその投資先を本体の財務諸表から外すのは、含み損の有無はともかく、山一と同じ事をしているとしかみえない。
 もし、日本の上場企業が全て野村證券のような会計処理を義務付けられていれば、あるいは監査法人が見逃さなければ、マスコミを賑わすIT関連企業騒動のようなことは起きてはいない。
 この意味で、日興や日興の監査法人の中央青山の責は免れない。

引用終了-------------------------
 
 この問題は、2004年に発生した問題なのに、そして一部メディアで問題にされたのは2005年に話なのに、2006年には国会でも5回も話題にされた話なのに、大手新聞等では扱わなかった。
 このため、私自身は、随分前から知っていた話なのだが、株価等の投資に与える影響がいつ出てくるかが全く分からないので、投資判断に悩む。本当に日本株は難しい。

★本来のニュースは「AということをBがした。」と言う形。
  しかし、現在のニュースは「Aと言うことをBがした。この事をC記者がD時点で知って、E時点で報道された。」という流れ。CからEまでを知ることが日本の投資家に求められる。 
 そもそも、日本で投資しなきゃ良いのだけど。

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☆ 同じ頃,無邪気に「私の履歴書」にこんなことを書いている人物がいた。

(引用「私の履歴書」渡邉恒雄=第17回=日本経済新聞第43439号 2006年12月18日(月)第44面(文化))

> 週刊誌にも匿名で書いていた。当時の週刊誌はスキャンダリズムではなく,直球の原稿が書けたからだ。その後,週刊誌の性格が変わったので,私はこのような外注執筆を部下に厳禁した。勝手と言われても仕方がない。

☆ 週刊誌に直球が書けたのは,記者クラブ制度が無かったからだろう。記者クラブ制度で既得権益をこしらえて,自分達の都合の良いタイミングでリリースするのは他ならぬ新聞ではないか。山一證券の第一回「日銀特融」の時だってそうだった。やがて週刊誌も似たような縛りを入れ始め,外部のライターが自由に原稿を取ってくるようになって,その結果がスキャンダリズムや今じゃ素人もこぞって参加するパパラッチではないか。

☆ 結果の方から物事を書くのは簡単だが,原因はどこにあるのかを見ている人間が何も知らないと思うのは,思い上がりも甚だしいというものだ。

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2006年12月 5日 (火)

こんな会社は遠慮したい(1)~(株)テイクアンドギヴ・ニーズ

こんな会社は遠慮したい(予告)

あたしが個人的に投資したくない会社を,実名で,あたしの考える理由をつけて紹介します。

投資判断についてあたしは自分がが正しいとは全く思っていませんし,ここに上げた会社でも状況が変われば投資するかもしれません。

また投資しないという意味は空売りしたいという事ともイコールではなく,そもそもあたしが「信用取引」の口座を開設していないことは,このウエブログをお読みいただいた方には既知のことです。

ただし,ウエブログの内容が内容なので,場中にはこの話題は書きません。

またあたしが取り上げた会社等から抗議の申し入れ等があった場合には,その理由を付して,掲載を止める場合があります。

また,これは投資先として選ばないということであり,その会社の提供するサービス等を一切拒否するといった感情的な話ではありません。

あたしはどっかの「激辛評論家」のような,ケツの穴の小さいことを勧めているのではないので(^▽^;)その点もご了解願います。

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銘柄 : (株)テイクアンドギヴ・ニーズ  (主要市場:東証1部,銘柄コード4331)

投資したくない理由 : 経営者の資質(特にリスク感覚の無さ)

☆ この会社の社長はなんでも「ヒルズ族」なんだそうで,女優になりきれないアイドルのお姐ちゃんと浮き名を流すしたりして随分とイイ身分であるらしい。その事は個人のプライヴァシーだから別にどうという事はない。だが,自分が経営する会社が結婚式をビジネスにしている割には不用意過ぎる,というより自分から風評リスクを振りまいているようなものだ。

☆ こういうビジネスは確かに実業であるが,実業の中でも「付加価値」そのものが売り物になるビジネスである。その付加価値は,保守的な人々からフツーの人々までの広いターゲットユーザーの「気紛れ」によって支えられている。なぜなら,一度結婚した人は離婚して再婚しない限り結婚式は行わないし,その時に披露宴を行うかどうかも怪しい。もちろん,これからは団塊世代の「旧婚式」というのがブームになる可能性もない訳じゃないが,あたしの予感では殆ど無いと思う。つまりこの市場は,全体を通してみると,数十年間に亘って縮小均衡になることが予想される。ハウスウエディング的な需要のパイもいずれ頭打ちになり,飽きられるだろう。

☆ そういう時に何が「付加価値」で残るのか?「やり逃げビジネス」で済むのなら別にいいのだが(そんなモノと分かった瞬間に「未来永劫に亘り」あたしの投資対象から外れるから),従業員を抱え株主をはじめとするステークホルダーを抱えている実業として,この社長はもう少し自分自身の身辺を「整理」をするか,そういうことが外部に一切漏れないような徹底的な秘密主義にするか(後者なら再びあたしの投資尺度から外れる)どっちかしか方法がないのではないか?と思う。いずれにしても自分のやっている事業の本質を踏みにじるようなことをしている経営者が経営する会社は,あたしの投資対象たり得ない。

=続く=

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2006年11月30日 (木)

お金で買った方が良い物もある=1=

☆ 仕事上の役に立ちそうに思えたので,リスクマネジメントに関する記事広告を読んでいた。その中に,こんな一節があった。

> リスクを一方的に嫌い,目をふさいで見ないようにしたり,排除するのではなく,投資効果と勘案しながらリスクとつき合い,コントロールしていくのが,リスクマネジメントである。

☆ これは企業のリスクマネジメントについて書かれた文章だが,個人のリスクマネジメントにも当てはまると思った。そして投資という行為はまさにこれじゃないかと思い当たった。

リスクを一方的に嫌い=「株をやる」「商品をやる」「相場をやる」(≒「(うつつ)を抜かす^^;)という一方的な判断
目をふさいで見ないように下がったから塩漬け追い証が出るまで放置安全銀行預金しかしていないインフレリスクの無視),過剰な特約付の生命保険加入(特約部分が掛け捨てであることの無知)。

☆ あたし達がネット時代の投資をする時,いちばん思い知らされたのがフィナンシャル・リテラシー(経済行為に関する理解能力。金融商品についての知識など)という言葉が日本中で不足しているという現実だったのだが,それ以前に「あたし達が生きていること自体が一つのリスク(良いことから悪いことまでの変動の幅)に曝(さら)されている」という認識の不足があるのだ。35年ほど前に山本七平がユダヤ人(イザヤ・ベンダサン)の口を借りて警告した「日本人は水と安全はタダだと思っている」という現実が,全然変わっていないということなのだ。

☆ 経済詐欺それもちんけな詐欺(詐欺の常としてスケールはデカイよ^^;)が跋扈しているのは,標準的な経済の知識(契約法から金融商品まで)が「常識」として備わっていないからだ。

=続く=

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2006年11月11日 (土)

ウチ目均考(20)尊皇攘夷ガキズムを排す=大機小機「猪突」への反論

日本経済新聞 第43403号(2006年11月11日)第17(マーケット総合2)面

「大機小機」 アクティビストに対抗する方法

☆ これは暴論である。論者の猪突(以下全て敬称略)は,あたしの分析では盤側と並ぶ反株主主義反動論者だが,後者よりはまだまともな議論が書ける者と思っていた。しかし,それは呑気な勘違いだったようで,これから論評を加えながら全文紹介する内容をよく読んでいただき,猪突とあたしのどちらがマトモな議論をしているかお考えいただければ幸いに思う。

>アクティビスト(行動する株主)が再び動き始めた。今度は海外の投資家だ。アクティビストに対抗するためには,会社とは何かという原点に立ち戻って行動する必要がある。

☆ これが緒文。ここで想像されることは,猪突の認識は「村上ファンド」や「ダルトン・インベストメント」や「スティールパートナーズ」のような実質的グリーンメーラーだけがアクティビストということになる。ここから先の議論を決める定義の部分だから,これを疎かにすることは出来ない。

アクティビストとはどういう定義がされているか。かの論談のHPでは,6年も前に このような正確な認識 が書かれていた。驚くべきことに,論談にも彼等の立場があるから多少は割引かなければならないが,彼等の指摘が猪突盤側のような反動言論跋扈を日経の証券論壇に許していることは,ここまで来れば看過出来ない。論談を引き合いにするのが気に入らない人も多いだろうから(笑),もうひとつ。これは個人のウエブログだが,harry_g氏の ウォールストリート日記  からアクティビストに関するカテゴリを読むと,アクティビストからの手紙2006年3月14日)などに明快である。

☆ あたしがことさら猪突盤側のような反動言論に対して激しく反発するのかといえば,共同体としての株式会社が株主のものであるということは,反動言論者達が株主に対する感情論を剥き出しにする一方,そのような株主の跳梁跋扈を許した経営者の責任(法的に言っても株式会社の経営の責任は第一に取締役にあり,それを監視するのは内部統制上は監査役であるし,外部的には会計監査人であり,最終的には株主であるからだ)という基本的な問題を一切語ろうとしないからである。

> 会社とは人と資本の協働の制度である。資本主義社会では資本の側が主導権を持つように設計されている。だからといって,煮て食おうが焼いて食おうが資本の勝手ということにはならない。労働だけで価値を生み出せないのと同様に,資本だけでは価値は生めないのだ。

反動論者がことさら強調するお馴染みの論旨だ。まず理解できないのは前提で,猪突は「資本主義社会では資本の側が主導権を持つように設計されている」と書いている。会社のことを書きたいのか,資本主義体制のことを書きたいのか。全く分らない。会社,とりわけ株式会社についてせめて法的な基礎知識でも持ってから話して欲しいものだ。江頭先生の大著(基礎編として推奨したい=爆=)でもお読みになることをお奨めしたい。

江頭 憲治郎
株式会社法

☆ 株式会社が出来るのは,会社という組織が個人で経営するには資本面に限界があるからだ。それでも同族会社のように資本の流失を抑えながらある程度の経営権を維持する方法は残っている。だが先日も出光興産が上場したように,ある程度の規模を維持しながら成長していく時,株式の公開は有効な手段である。資本と労働が有機的に結合しなければ株式会社は機能しない。それは猪突盤側にわざわざ言われなくても分っている。 問題は株式会社という形態とそれを公開するということの意味との差異を論じるのではなく,それを意識的に混同しているところにある。この点からの批判は後述したい。

> それにもかかわらず資本の側に主導権が与えられているのは,人の意向を無視すると資本の利益にならないからだ。合理的な損得勘定をする限り,資本の側は人の側の意向を無視できないのだ。労働の側に主導権を与える制度は長続きしなかった。資本の側の意向が無視されてしまうことが多いからだろう。

☆ やはりこれも会社組織と体制論の意識的な混同である。なぜここでソヴィエト形態の失策かロバート・オーエン の失敗が語られるのか,あたしには理解できない。また,公開会社での株主(多数株主)と資本とを等価の議論にするのは,そもそもの議論の立て方が間違っており諸元前提おかしいシミュレーションが㌧でもない結論(=破綻)を招くのは必定だが,そのバカバカしさをこらえつつ,先に進みたい。

> 資本の側が問答無用の姿勢で臨んでくる時に,人の側がとりうる対抗手段は,「無視できるのなら無視して御覧なさい」という姿勢を貫くことだ。そのときに邪魔になるのは,「会社はわれわれのものだ」という日本的会社観と会社への忠誠心である。難しいけれども,「会社は彼らのものだ」という会社観に切り替えることである。

☆ やれやれだ。この一文を見た時,あたしは,昔(=あたしらが大学にいた頃)の出来の悪いアジ演説を聞かされたような不快感というかバカバカしさを思わずにはいられなかった。もしかしてこの人達(=猪突盤側)は,70年安保の頃まで頑張ってデモってたオサーンじゃなかろうかと。さすが転びマルチャン(=平岡正明命名)は考えることがプッツンして面白すぎる。(´∀`)

猪突殿に申し上げるが,CSRとはいったい何ぞや?おまいら反株主反動論者の視点は,情けないほど矮小・短絡的で,まさに左翼小児病典型にしか見えないんだが,何か?資本主義社会の公開会社では,株主経営のであり,労働者のであり,株主以外の全ステークホルダーのであり,社会のだとでも言うのだろうか?おいおい。株主総会屋グリーンメーラー決め付けなければ納得しないのか。。。いやまあ,呆れて物が言えないとはこういうことを言うんだよ┐( ̄ヘ ̄)┌。

> そのうえで「会社から取れるものはすべて取る」という姿勢で臨むことである。経営者自らと従業員に大盤振る舞いをすればいい。これまでは自分たちの会社だと思っていたから安く働いてきたが,これからはそうはいかないと投資家に説明すればいい。

☆ 再び猪突殿に申し上げるが,君はビートルズ「革命(Revolution)」というを知っているだろう。そこでジョン・レノンは,こう歌った。「毛主席の写真を掲げて歩いても,世の中はちっとも変わりはしないよ」。今さらながら,この歌を謹んで差し上げたい(爆笑)。君が言うアクティビストは,どうやら米帝の手先そっくりだ。ここで君とイデオロギーの対話をするはあたしには無いけれど,ステークホルダーとして株主が経営に物申すことは,下に掲げた悪徳経営者のように会社を食い物にすることではなく,会社が資産(=意味わかるね?現預金として退蔵している金銭等価物遊休地として眠っている土地など)をより有効活用具体的に言えば,ここ数週間の総合電機会社(=日立・東芝)やトヨタなどが行ったように)し,その結果が日頃の営業活動の結果を財務的に支援する(前者は営業利益,後者は経常利益もしくは特別利益として)ことで会社自体の付加価値を上昇させ,その結果を時価総額の増大剰余金の配当という形で株主に還元し,少数株主に長く資本的支援者となってもらい,そのことで社会的責任(=レゾン・デートル)を明確化するという使命(ミッション)を果たすことだ。法人税などによりこの利益は国家も享受し,そうやって社会全体が栄えていくことで国家基盤はさらに強化される。これはごく当たり前の道筋であろう。

ジョン・A. バーン, John A. Byrne, 酒井 泰介
悪徳経営者―首切りと企業解体で巨万の富を手にした男

猪突が1940年代後半の日共冒険主義に与(くみ)して「工場にペンペン草を生やしてやる」と息巻くのなら勝手に吠えればいい。しかしそういう演説は少なくとも証券論壇ではお断りしたい。ここは零細な個人投資家が企業の成長と共に自らの資産を増やすことに自分達の使命と考え,真剣に読んでいる場所なのだ。彼等をも侮辱するアジ演説をこれからも稿料を貰って,ここで垂れ続けるつもりなら,冗談はお前の顔だけにして,とっとと出て行け。ヽ(`Д´)ノ

> 会社のため,顧客のためなどということは一切考えず,自分たちの利益だけを考えることだ。そうなると,日本の会社はガタガタになってしまう。当然のことながら投資家の利益にもならないだろう。こうなる危険があるときには,投資家も節度を持って行動せざるを得ない。「アクティビストが出て行かない限り開き直る」とはっきり宣言すればいい。

気でも狂ったか?ここまで見境の無い論旨をよくこのに書けたものだ。日本人なら恥を知れ。お前が書いていることは,まるでそこいらの厨房2ちゃんねるの株板書き散らしている罵詈雑言同じ。いやもっと正確に言えば,大学が授業料を値上げするのは不当だから,こうした資本主義的搾取に抵抗する為に我々は全学無期限ストに突入するとでも叫びながら自分に酔っているお目出度いアホ面が見えるようだ。こういう主張は,まさに外国船打ち払い令と同じで,ウサマ・ビン・ラディンたちの主張に乗せられ自爆テロをする輩とも同義だ。

☆ 冷静に考えてみれば良い。会社が潰れて困るのは誰か?一般労働者だろう。さらに言えば,大して専門能力も磨けないまま企業内の政治で出世したホワイトカラーの中間管理職だろう。まあ努力しないのは自業自得かもしれないが,開き直って会社側に整理解雇の対象にされるのは,組合員でもない中間管理職に決まっている。アクティビストが出て来ただけでこんな祭を起こしていては社会は混乱し,世界の大部分の真っ当な投資資金は日本から資本を引き上げ,資源も何もないこの国がアッという間に没落してしまうのは,火を見るよりも明らかだ。

> 今回のようにアクティビストがTOB(株式公開買い付け)という問答無用の策をとってきたときには,開き直り作戦しかないのかもしれない。日本の人々は手ごわいとわかれば,海外のアクティビストは過剰な介入を控えるだろう。日本の会社制度を守るという大義名分があれば,取引先の経営者や従業員も理解してくれるはずだ。

☆ あたしには日本の市場を最も馬鹿にしているのはアクティビストでもなく,そんな輩につけ入られるような間の抜けた経営していた者でもなく,猪突盤側のような反動主義者ではないのかとしか思えない。日本の会社制度と猪突は言うが,イノシシ(=堀江貴文)が昔(=ニッポン放送株騒動の渦中に)言ったように「嫌なら上場しなければいい」のだ。

☆ ところがそれだけでは足りない。最近流行のMBOによる非公開化。この汚さについて猪突盤側自らの責任見解を明らかにすべきだ。今回のレッグスHDなど株主舐め切っているこの会社が再上場しても,あたしは絶対に買わない。株主(特に少数株主)には,こんなリスクすらあるというのに,反動論者は自分の都合の悪いことには黙して語らずなのだろう。お前らみたいなのをモラル・ハザードと言うのだよ。

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責任問題

☆ なかなか興味深い記事があったので紹介する。

米中間選挙後に世界は混乱する?
http://tanakanews.com/g1107america.htm

> アメリカで、ここ数カ月の株価上昇など経済の活況は、ブッシュ政権の「下落防止チーム」による粉飾的な選挙対策だったのではないかという見方が出ている。

☆ こんな物騒な出だしで始まるレポートは,今月7日にリリースされている。詳細(上記リンク参照)と論評は控えたいが,筆者(田中宇)はプルラリズム政治的多元主義。決して競走馬の名前では無い。誰だ,こんな名前付けた馬主!!ググッている時,苦労したぞヽ(`Д´)ノ))の立場から米国一極のコーポラティズムを崩壊させることを「アメリカの中枢にいるのは世界を多極化したい人々だろうと分析している」と表現しているが,これも興味深い。思えばプルラリズムとコーポラティズムなんて四半世紀以上昔に勉強した話に,今頃になってまた行き当たるとは夢にも思わなかった。(´∀`)

☆ ところで,先日もメモ程度に書き残したが,ここ数週間で気になった話を書いておきたい。

(1) みずほFGのNY上場について

☆ これ自体は少なくとも悪い話では無い。またみずほFGは,NYSE上場に際して資金調達をするでもなかったので,株式需給的にはニュートラルというよりややプラスであろう。が,上記リンク記事ではないが,みずほFG上場メガバンク株の下落基調ハッキリとしてきたは,何を意味するのだろう。

☆ こう書けば「陰謀論者」に与(くみ)すると思われるかもしれないが,この数ヶ月,めったに姿を現さなかったGS銀行株アナリスト日本経済新聞経済教室寄稿したり,日経CNBCにわざわざ出てきて所説を開陳されるなど大活躍であった。このアナリストによるとリテールの拡充に積極的みずほFG推奨されるということだったが,これが何かの偶然だというほど,あたしはお人よしにはなれない

(2) トヨタ自動車を始めとする決算報道について

☆ これについては,報道の特徴の違いといってしまえばそれまでだが,TV報道が決算発表に対する「その場の解釈」を反映しているのに対し,新聞報道は「よく読めばこうなる」的なニュアンスがある。確かに一長一短あるのだが,新聞を読んだだけでは,なぜ前日の株価がこう動いてしまったのかが理解できない。

☆ その全てを報道するには新聞の市況欄・財務欄は小さすぎる。本来「日経金融新聞」でかい相場表を載せるのではなく,こうした微妙なニュアンスの違いまで根気良く報道して初めて価値があると思うのだが,その辺の充実の無さが購読する気を失わせる最大の要因だ(あと偉そうに不敗の何とかとか書いてたオッサンに原稿料を払っているのも馬鹿馬鹿しかったし(^▽^;))。

☆ ことトヨタ自動車については,銀行等保有株式取得機構信託口が保有する株式の売出し の報道を打ち消すように,いすゞ自動車との資本・業務提携が発表された。実はこれらと同時に,トヨタ自身の自己株式取得 もリリースされ,実行されているのだが,一連の騒動の中で翳(かす)んでしまっている。

☆ もちろん上記プレスリリース通りにトヨタ自動車には一切非が無いことを確認しておく。ただいずれこの騒動というかトヨタの積極的な姿勢を評価する動きの中で株式の売出しの広告が出てくるのかと思えば,あまり良い気はしない。

☆ こうした一連の動きを見ていると,銀行等保有株式取得機構は少なくとも上場来高値圏トヨタ株売出しによって売り切ることが可能で,ザッと考えて取得時の価額の7割以上高い値段で売り払い出来る事になる。それはそれで公的資金の負担を減らす効果はあるだろうが,こうした一連の株式処分が終わった途端に,証券税制の優遇措置金持ち優遇の格差是認だのというクソの役にも立たない理屈世論形成して,なし崩し的税率にされるのではバカを見るのは投資家ということになると思うが,何かヽ(`Д´)ノ。

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2006年11月 7日 (火)

After MURAKAMI

☆ 本日付の各紙報道によると,村上世彰被告が友人に宛てた手紙の中で,MACの事実上の清算を明らかにしているとのことである。

村上ファンド解散へ=「出資金返還にめど」-関係者に報告

> インサイダー取引事件で起訴された村上世彰被告が設立した「村上ファンド」が、近く実質的に解散する方向で調整に入ったことが7日、分かった。同ファンドは事件発覚後、投資家の出資解約が相次いだため、保有株式を売却し、運営規模を縮小。前代表である村上被告がこのほど関係者らに「出資金の返還にめどが付いた」と文書で報告した。株式の売却が完了し次第、年度内にも解散する方針とみられる。 (時事通信) - 11月7日11時1分更新

☆ これで何かが終わったのかといえば,確かに終わったと思う。例の如く村上をこき使って美味しいところだけを食い散らした外資千ン億は,新たな目標に向けてグリーディに嗅ぎ廻っていることだろうし,白コアラのような臆病な例外を除いて,村上ファンドに出資した者達は村上言うところの「キャッシュ・マウンテン」から堂々と解約金を引き抜いて涼しい顔をしていることだろう。あえてどこかのノンバンクとは言わないが。

☆ しかし「村上的なもの」がこの国の資本市場に投げかけた疑問は,例え本人が国策捜査のターゲットとして斃れたところで(爆笑),何ら解決してはいない。先ほど紹介した苦虫の認識が正しいように,この国の資本市場は個人投資家に対して何ら門戸を開いておらず(証券会社ではない,資本市場である),政府も口先のビッグバンと喉から手が出るほど欲しい増税との間(はざま)で,何ら有効な手立ては取れないでいる。

☆ その一方,資本の論理はどうかといえば「王者のディール」を仕掛けた王子製紙は,見事に足許をすくわれ,製紙業界では業界団体の中にまでその相剋が持ち込まれている始末だし,村上逮捕時にNHKで経営者が吼え散らかしていた明星食品は,スティール・パートナーズに引っかき回される。そうかと思えば,大量保有報告書を何年間も提出しなかったダルトン・インベストメントが大手を振ってサンテレホンの株式を買い捲っている。そこには,苦虫が言う「規律」のキの字もありはしない。

☆ こういう現実が写し絵になっているものは,村上世彰とか堀江貴文だとか宮内亮治だとかいう固有名詞に問題を矮小化したところで,この国の資本市場が抱えている病巣は何の変化もないということではないか。それは会社は誰のものかという一種の感情論にも似た解決無き袋小路の議論ではなく,会社とはなぜ存在するのか,資本市場とはどうして必要なのかというもっと基本的なところの認識のなさ。これに尽きるように思えてならない。

☆ 資本主義国家に住みながら,資本主義とは何か理解していないというのは,かなり滑稽な光景である。こうした基本的な疑問を持てないのであれば,堀江だろうが村上だろうが,固有名詞と関係なく,これからも何回も同じ光景を見ることになるだろう。

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2006年11月 6日 (月)

材料なし

さしあたって下げがどこまで続くか見ないと,
先週みたいな買いも入れられない状態。
この時点で底値を拾うのは無駄な骨折りとみた。

とりあえず眠ったふり。。。
ただしどこかでを引く必要はあるけど。

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2006年11月 4日 (土)

来週の相場展望分析【FISCO編=5=】

素材 クラブフィスコ ウィークリーメールマガジン 2006.10.27 No.97
(FISCOもドジっていて,日付の更新が出来ていない。実際は2006.11.02号)

<今週の相場概況>
 10月半ば以来の16400円を割り込むなど、大幅下落で始まった今週の日経平均は、その後も米景気減速懸念の高まりなどを背景に利食い優勢の流れが続いた。週末が祝日となるため今週は4日立会いとなったが、前半戦はTOPIX浮動株価比率見直しに伴うリバランスの商いが中心となった。このインデックスイベント通過によるアク抜けも期待されていたが、NYダウが4営業日続落と高止まりをみせているほか、為替の円高基調の影響もあって、先週同様、国際優良株への利益確定の流れが続いている。また、25日線が上値抵抗線として意識されるなど、上値の重さも嫌気されている。中間期決算が本格化する中、期待先行の部分が剥がれている面もあり、次第に様子見ムードを強める格好である。


☆ 今週(まだ土曜日なので,こう書く)の相場は,ひとことで言って非常に質の悪い展開だった。基本的に中間決算発表は材料を消化するだけの要素を既にアナリストレポートや日経などの観測記事で書き尽くされている優良株ほど反応が低く,アナリストがカバーし切れない中小型株や元々疑惑の目で見られがちになっている新興市場株は明らかに逆業績相場の色彩が強かった。材料が出ていたものは,その時点で消化されるという効率的市場仮説が成り立つ展開というのは正直に言って退屈なものである。
逆業績相場の要素を追いかけてみると,特損などの一時的要素に過剰反応した例よりも,売上高の減少がトレンド的に見られることへのサプライズなどが牽引している部分が大きく,こうした反応は市場としては健全なものだと思われる。

☆ 不健全なのは,市場を育てることと目先の大衆受けとのバランスも取れない煽り厨房がいまだに代表代行にいる対抗野党の情けなさにも見られたが,それ以上に不健全に思えたのは,先物を巡る仕手まがいの空中戦である。水曜・木曜の日経平均先物の日足を見て真っ当な相場だと言うのであれば,牽強付会と言うべきかお目出度いと呼ぶべきか迷ってしまう。こんな尻尾が胴体を振り回す展開が果たして来週のスモールSQで終了するのだろうか?非常に疑問なのだが。。。

<来週の相場見通し>
 内需関連や中小型株を物色する流れもみられたが、先物市場での大口売買に翻弄される状況から、資金の逃げ足は早い。主力処の一角には外国人投資家の買いが入っているとの観測がある。しかし、全体が膠着感を強める中では上を積極的に買う必要はなく、下値で拾っているため指数を押し上げる要因にはなっていないようである。反対に、米国市場が膠着感を強めてきているため次第に慎重ムードが強まってきている。市場が弱気に傾きつつあるため、ここにきて高水準の裁定残高のよる先行き需給懸念を意識する向きが増えてきている。


☆ FISCOの牛熊談義を見ていると,投資主体動向の話を書いている。先月は,個人が1兆1,995億円の売り越し(2005年8月の1兆2,030億円に次ぐ過去2番目の規模)だったのに対して,外国人は9,997億円と2005年11月以来の大幅買い越しだったから「個人の売りを外国人が吸収した」と結論づけているがどうだろうか?個人が先月売らされたのは,主に新興市場のメイン株が暴落モードに入ったため,三市場でも新興色の強い銘柄を売ったり,利益の出ている内需(銀行,鉄鋼,資源・商社株あたり?)と合わせ売りをした可能性がある。

☆ いずれにしても,ファンドの決算だのラマダンだのといかにもありそうな材料を駆使して売るぞ売るぞと見せかけては,コッソリ買っていた外国人投資家「お主も悪じゃのう」(>_<;)。


 また、先物市場でもこれまで順ザヤに推移していた先物と現物のスプレッドが縮小し、TOPIXに至っては逆ザヤとなってきている。そのため、仕掛け的な動きが強まり、今後裁定解消売りを誘発させる動きが出てくる可能性はありそうだ。また、来週は様々な経済指標やイベントが控えており、外部環境の影響を受けやすい。米国では7日に中間選挙が行われる。また、6日にシカゴ連銀総裁講演、クリーブランド連銀総裁講演、サンフランシスコ連銀総裁講演、8日にシカゴ連銀総裁講演が予定されている。国内では7日に日銀総裁講演、9日にオフィス空室率、特定サービス産業動態統計、工作機械受注、景気ウォッチャー、10日には機械受注の発表が予定されている。また、8日にKDDI、NTTドコモ、ソフトバンクの10月の携帯電話純増数と累計契約数が発表されるほか、同日にはソフトバンクの決算が予定されている。これらイベントの影響を受け、先物主導による仕掛け的な売り、若しくはショートカバーの動きなどに現物市場が振らされることになりそうだ。

☆ こういう重要週は,むしろ要注意だと思う。いかにも相場に影響がありそうな経済指標だの中間選挙だのとそれなりに理屈の立つ材料が目白押しというときに限って碌な結果にはならないものであるから。あたし自身は,単位で200,000円~500,000円台の中低位株にしつこく注目している。悪材料を消化するというより,今のような逆業績サプライズ相場では,出てしまった材料をどう消化するかの方が大事であると思う。材料に先回りする投資は,少なくとも来週は考えていない。

☆ 気になるのは,またぞろ商品市場が上げ基調になっていたり,今年見事に振り落とされたムンバイ指数が,再び新値を取ってきたりと,優良株や債券に逃避していた資金が動き出していること。反面,円キャリートレード規制を懸念して円が少しだけ高くなっている。このあたりもまた心理戦の外延が広がって厄介な気がするのだが。。。

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2006年11月 2日 (木)

冗談は市場の外で言ってくれ

ダルトン・ストラテジック・パートナーシップという名前は,チョッとは海外投資家動向を知っている個人投資家だったら知らない者はいない存在だ。そのダルトン殿が大量保有報告書財務局への提出知らなかっ言い逃が出来るというほど,日本市場を舐めて貰っては困ると思うのは,あたしだけだろうか?

> 株の大量保有報告、2年間も放置=報告義務知らず-英ファンド

> 英系ファンドのダルトン・ストラテジック・パートナーシップが過去に買い占めたカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)と紀文フードケミファの両社株式について、大量保有報告書と変更報告書の計15通を長期間にわたって提出していなかったことが1日までに明らかになった。両報告書とも株式を大量に売買した場合などに証券取引法で原則5営業日以内の提出が義務付けられているが、最も古い報告書で約2年間も未提出のままだった。
> 英ダルトンは先月31日に報告書を一斉に関東財務局に提出。「最近まで報告義務があることを知らなかった」と釈明しているが、CCCと紀文フードは「英ダルトンが大株主になっていたことは知らなかった」と不快感を表明しており、ファンド側の情報開示姿勢が問われそうだ。 (時事通信) - 11月2日7時1分更新

金融庁には遠慮なく同ファンド殿の日本代表をお招きいただき,事情を存分に説明して頂くと共に,同ファンド殿の日本オフィスもしくは口座管理人,場合によっては英国の本拠にも出向いて,同ファンド殿が世界各国で投資を行う際に投資先国に於いてきちんと法令遵守した活動をされているのか存分にお調べ頂いたうえで,業務改善命令,場合によっては業務停止命令などの適切な処置をなされることを切にお願いするものである

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2006年10月31日 (火)

ウチ目均考(18)下品なポピュリズムに市場を殺されてたまるか

☆ 日本経済新聞第43392号(2006年10月31日火曜日)第19面(投資・財務2)コラム「一目均衡」=税収減招く株課税強化=

☆ この記事は全投資家必見であり,これを読んで腹が立った人は民主党や菅直人氏に直接講義のメールを送ることを推奨する。こう書くからには,あたしも今晩メールします。要点は,前田昌孝編集委員が書いている第一段落が全てであるので,以下に引用する。

> 民主党の菅直人代表代行が29日のテレビ番組で株式の譲渡益に対する税制について「20%,場合によっては30%くらいに上げるべきだ」と述べた。課税強化を同党の格差是正施策の柱にするというが,何か勘違いをしているのではないだろうか。

☆ 勘違いも何もない。煽り厨房 菅直人お得意の弱者救済ポピュリズム宣伝に他ならない。ところが猫撫で声の前田が書いているように,これは,たった今まで我々が構造不況やデフレやリストラといった言葉で苦しめられ苛(いじ)められてきたことを,無反省にも繰り返すということに他ならないのだ。投資家は絶対にこの手の偽善に騙されてはいけない。市場の崩壊,ひいては日本経済の最終的な崩壊につながりかねないこの手の偽善には覚悟をもって徹底的に戦わなければ,我々だけでなく,我々の子供やその子供の世代にも禍根を残すことになるだろう。

☆ 改めて煽り厨房菅直人に問い質したいことがある。政治とは何か?国家における政治とは,人種・民族を始めとする雑多な人間集団の中で発生する利害を調整することにあるのだろうか。それは国家における政治の十分条件であるが,必要条件ではない。国家における政治の必要条件とは,その国家を国家たらしめるもの(領土であり,主権である)を明確にし,近隣国家を始めとする国際社会の中で自らの位置づけを明確にすることにある。これを民族単位に弾き直すと「民族自決の原則」となるが,アメリカ合衆国のような多民族国家にあっては,民族や人種という集団では社会契約が利益相反(トレード・オフ)する場面が頻出する。いわく人種差別であり,民族コミュニティ間の対立である。多民族国家における政治とはこうした自己撞着を超えた政治的(国家的,ただし自律的でなければならず,他の民族・国家への侵害はもってのほかである)正義のあり方を示すものであるべきだ。

☆ 日本という国家は,かなり多くの部分を日本民族が占めている構成になっているため,こうした多民族国家的な「政治的正義」が二の次にされ,政治といえば社会集団間の利害の調整に終始してしまう傾向がある。その際,おかしなことに例えば今回の徴税のような本来国家が持つべき機能に対してまで利害調整の考え方で議論を封殺するような傾向があることだ。今回は,この点について前田の論旨を追いながら徹底的に検証したい。

(以下「一目均衡」=税収減招く株課税強化=から引用)
> 株式の譲渡益課税は長年,大口・反復売買の場合(注:年間50回もしくは30万株と記憶)を除いて非課税だった。1989年4月から消費税を導入することになり,財務省(当時大蔵省)が「株式譲渡益が非課税なのは金持ち優遇でおかしい」と主張,証券界の反対を押し切った。

☆ この部分からして,投資家はばくち打ちのように扱われていたのだ。それだけでも屈辱に耐えない話だが,ここで明らかにすべきことは「株式譲渡益に課税するということが,政治的にどういう意味を持っているのか」という論点が抜けたまま,なし崩し的に決められたことは,本来的な徴税原則に対して不当なものではないかという問題点である。この部分に拘らなければ菅直人だろうが国税庁の役人だろうが,誰でも自分の論を正論と称するだろう。

> それまで投資家は株式の売却時に,有価証券取引税として売却代金の0.55%を徴収されていた。89年4月以降は有取税が0.3%になる一方,売却代金の1%を「みなし譲渡益課税」として天引きされることとなった。

> 天引きが困る人は税率26%(注:国税20+地方税6%と記憶)の申告分離課税を選択できたが,個人投資家の大半は面倒な申告を嫌った。要するに株式売却時の税率が0.55%から1.3%になったわけだ。

☆ いやそれだけではない。売買手数料の3%(のち5%)を消費税として召し上げられているし,配当金にも源泉(あるいは申告)課税がかかっていた。有り体に言えば,投資家は剥ぎ取られるだけ剥ぎ取られていたのだ。こんなバカを見たのは投資家とドライバーだけである。ちなみに「みなし譲渡益課税」の根拠は値上がり益5%と見て,その20%を課税したと言われているが,計算するまでもなく,それはまやかしである(分からない人は100万円で買った銘柄が120円に値上がりした時に売った場合の税額を考えればいい。差額20万円の5%は1万円だが,税額は1.2万円だ)。

> そして89年末に日経平均は史上最高の3万8,915円を付け,翌年からつるべ落としに下げた。税収の当ても外れた。「みなし譲渡益課税」の税収は89年度の6,044億円から98年度の1,012億円まで減少した。申告分離課税を選んだ人からの税収も,89年度の345億円から98年度は177億円に減少した。

> 90年代は地価や株価が下がり,富裕層の資産も目減りしただろうが,これを「格差是正が進んで良かった」と喜んでいる人はまずいない。資産価格の下落は深刻なバランスシート不況を招き,悪循環はさまざまなルートを通じて非富裕層にまで幅広く及んだ。

☆ その通り。年金運用は年率5%なんて株式運用益が無い限り絶対に達成できない水準にあったものを肝心の株価が崩壊して,代行返上の嵐や日本版401kの半強制的な導入につながった。リストラが社会問題化したのは,今は消費者金融だが,その前には商工ローン禍があった。企業は耐えきれず倒れるか犯罪に走り崩壊し,そのしわ寄せが30代の無就業者と目下大卒予定者の雇用合戦というあからさまな構図を示している。これらが資産バブル崩壊とその後のモラルハザード(住専問題時のマスコミと大手金融機関,そしてなにより国会の対応)が全ての引き金を引いたことを15年に亘る塗炭の苦しみから学習したのではなかったのか?

☆ 米国がその時期に繁栄したのは,アラン・グリーンスパンが超人だったからとでもいいたいのか?FRBは1990年代の日本の失敗をつぶさに観察して,市場との対話,市場への意思表示を通じた連続的な激変緩和というリスクコントロールを行ってきただけのことだ。日本の現状(少子化,格差社会)などは資産バブルを感情論で一気に潰したことで,着地すべき縮小点を見失い,限りない縮小均衡の無間地獄(デフレスパイラル)のとば口に立たされたことが何よりの理由ではないか。何が面白くて,また同じ道を辿るというのか?菅直人に政治家としての思想も力量もないことはこれで良く分かった。

> 民主党案に沿って現行の10%の税率を急激に引き上げれば,個人投資家が駆け込みで株式を売るだろう。企業買収ファンドに買いの好機を提供するようなものだ。企業経営者はじっくり経営に取り組む余裕を失い,日々株主対策に奔走しなければならなくなる。

☆ 異論なし。

> 税率は低い方が税収は上がる。例えば上場株式の配当に対する源泉徴収税率は2003年4月に20%から10%に引き下げられた。株価に左右されやすい譲渡益課税と違い,毎年1兆円前後の税収があるため,税率を半分にする影響は大きいと想像された。

> ところがふたを開けてみると,上場企業が積極的に増・復配をした。06年3月期には三月期決算東証上場銘柄の配当金総額が4兆8,959億円となった。03年3月期の2兆4,934億円から倍増し,税収の落ち込みを完全に埋めた。

☆ 当然だろう。配当金の高い企業への投資を促進する投資信託が登場し,株式投資を直接しなかった広い層に広範に受け入れられた。つまり菅直人の頭の中にある小手川君のような個人投資家はあくまでも少数であり,いまや投資信託経由で株式投資を始める個人はかつての昭和30年代以上の範囲・規模に広がっているのである。菅直人のようなことをそこですれば絵に描いたような「角を矯めて牛を殺す」結果になるだろう。今必要なのは市場の規律と利益の還元のルールを意識したファイナンシャル・リテラシーであり,それを前提にした「市場の”楽市楽座”」なのではないか。そういう国や国民のあり方を語り道筋を立てるべく自ら範を示すのが国政政治家たるもののあるべき姿ではないのか?

> 「貯蓄から投資へ」は始まったばかりだ。民主党案では,団塊の世代が3年間で受け取る退職金約50兆円が株式市場に流れてくる期待は持てない。国際的な金融センターの役割も,低廉な印紙税を納めるだけで譲渡益が非課税の中国に取って代わられるだろう。

☆ その通り。そんな国にもはや要はない。ここまで投資家を蔑ろにし,差別し,バカにする国に税金をまともに納めないという者が続出したら菅直人は自分の発言の責任をどう取るのか?改めてお尋ねしたいところだが,そんなことになればあたしも「永遠の旅行者」の一人になる道を選ぶかもしれない。

☆ そして菅直人の論理を言い換えれば,株式投資なんかしている者はこの日本では少数であり,そういう人間の所得を犠牲にしても格差是正には何の問題もないということになる。今までの経緯を見て,いったい誰が一番重税感を持たされているのか?まして,投資がリターンしかないような一面的な物言いがいかに国家正義に反するものであるか,理解できたのではないだろうか。今,こうした目先の人気取りや目先の税金取りしか頭にない連中と徹底的に戦っておかないと,後で取り返しの付かないことになるだろう。ウエブログで抗議や反対の意思表示をするだけでもいい。一人でも多くの投資家がこの政策の不当性を広く訴えていくことを希望したい。

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2006年10月29日 (日)

いったい現実を把握している者はいるのだろうか?

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☆ しかしシカゴというバンドがある意味アメリカを体現している部分があることは,否定しがたい現実であると思う。このブログは音楽のブログではなく,同じタイトルで音楽のブログにも書くのだが全く内容が違うことになる。ここでのシカゴは本題つまりJ-SOXなどという気取った「邦題」のついた法律を巡るドタバタ騒ぎに対するある人の意見を読んだ感想を導き出すための「記号」に過ぎない。ちなみに,この素晴しい邦題がついた問題意識高き曲の正式な題名は "Does Anybody Really Know What Time It Is?" である。

☆ さて本題。先日アメーバブログのinakenさんの「Finance fever」で財務報告に係る内部統制の評価・監査に係る議論についてという記事を見た。そこで紹介されていた,J-SOX対応をめぐる動向と問題点の検討という元記事についての感想。これは新日本監査法人代表社員の中島 康晴氏が書いている「会計監査徒然」というウエブログの10月18日付の記事だ。

☆ J-SOXという現象について感想はあって,別のところで皮肉まじりに書いたことがある。あたしの務めている会社は有報(有価証券報告書)提出会社ではないが,親会社にそういう会社があるので,少なからぬ迷惑を蒙ることになる。迷惑だと思う理由を,中島氏のウエブログを引用しながら説明したい。

> 金融商品取引法の成立によって、2008年4月1日以降に開始する事業年度から、内部統制報告書およびその監査報告書の提出が義務化されます。現在、実施基準が検討されているところであるようですが、米国での大失態(米国ではすでに404は制度として崩壊が始まっている)を受けて日本版はどのような形にするというのでしょうか。

☆ あたしも同感。だいたい2006(平成18)年度も上半期どころか7ヶ月目が終わろうとしているのに,「現在、実施基準が検討されているところであるようですが」とはどういうことだろう?ちなみに先月半ばに出掛けた学会の如き場でも「未だに実施基準が明確になっていない」という情けない状況だったが,企業会計や法務の実務家にとってはまさに時限爆弾的な迷惑な状況であることを関係者のお偉方は認識しているのだろうか("Does Anybody Really Know What Time It Is")?

> また、IT企業やマスコミの「船に乗り遅れていいのか」的なあおりの中で内部統制議論は大混乱の様相を呈しています。議論錯綜、試行錯誤といった状況の中、企業側は冷静にこの日本版404という制度について考えてみる必要があります。私の見る限り、この制度には多くの疑問・矛盾と思われる点があるので、本稿では、この点を整理してみたいと思います。ただし、全て私見であることをお断りします。

☆ アメーバのブログに書いたが,先週の日経夕刊「ウォール街ラウンドアップ」でいかにも「米国企業改革法」が不正会計の撲滅に役立っているかのようなニュアンスで記事が書かれていて,全く納得がいかなかった。中島氏の指摘でもこの後出てくるのだが,詐欺師の犯罪のツケをどうして何の関係もないサラリーマンが蒙らなければならないのか。考えるだけでも腹の底から怒りが湧いてくる。いじめ自殺問題や飲酒運転禍の報道でもそうだが,物事の本質を追及するのではなく,皮相的責任問題ヒステリックに追いかける全マスコミの姿勢は,一億総芸能マスコミ化(禍福の「」かもしれん)とも相俟って,国家の自主的な白痴化ではないかと思わざるを得ない。が,ここからヒートアップしていてはウエブログの紹介にならない(^^;)。

1.不正開示の実態との矛盾

> まず、米国におけるSOX法導入の発端となった会計不正事件として必ず挙げられるのがエンロン事件とワールド・コム事件です。この二つの粉飾決算事件により金融市場あるいはディスクローズ制度への信頼性が大きく損なわれ、その信頼性回復のための施策がSOX法という形で制度化され、その中の404条で内部統制の評価制度と監査制度が具体的に出現しました。

> ここで、まず大きなボタンの掛け違いを起こしています。エンロンもワールド・コムも経営者の不正です。不正開示の原因は内部統制の不備ではありません。経営トップ自身の意識の問題なのです。内部統制の構築が会計不正を防止する手段であるかのように、いつのまにか問題点がすり替わってしまっています。

> 経営者不正はガバナンスの問題であり、決して内部統制の問題ではありません。内部統制とは経営者が企業内に敷く制度・仕組みですから、経営者自身の不正にはまったく無力です。経営者の不正問題を内部統制の問題にすり替えてしまったところが、今回の大混乱を招いている根本原因だと思います。

> 日本の場合もまったく同様の誤解からスタートしています。日本版404のきっかけになった不正事件は、西武鉄道の不実開示とカネボウの粉飾であるといわれていますが、これらももちろん経営トップの不正です。内部統制とは関係ないところで不正は行われているのです。ライブドアにしても然り。そもそも、内部統制不備により(つまり、内部的に経営者が知りえないまま)開示の不正が生じ、しかもそれが投資家の判断を誤らす程に巨額であった例はほとんど記憶にありません。このボタンの掛け違いにより、404というとてつもなく無駄の多い経済制度を導入することになり、ひいては将来の米国経済・日本経済に大きな禍根を残すことになる気がしてなりません。

☆ 皮肉な言い方をすれば,個人情報保護法にも共通するのだが,トップが犯罪を主導するのであれば,いかなる内部統制をもってしてもそれを完全に避けることは不可能である。そういう資質の者に経営を任せてはいけないのであって,そもそも論で問題の本質が違うだろうと中島先生は言いたいのではないだろうか。あたしも全く同感だ。先ほどのマスコミの報道姿勢と同じことで,こういうのをモラル・ハザードと言うのである。

☆ あたしはこういう規制のあり方を見ていると禁酒法を思わずにはいられない。法の目的,あるべき社会への清廉な姿は望ましいかもしれないが,実際の規範として強制力を持たせたことで何が起こったか?何のことはないギャングを太らせただけだった。酒のような比較的簡単に醸造(蒸留)できる品物の場合,そういう形で規制することより依存症からの離脱という医療的施策のほうがよほど効果があることは,カポネとアンタッチャブル達の戦いをテレビ映画で見なくとも解りそうなものだ。

2.会社法の「内部統制」との混乱・誤解

> 今回の内部統制議論を混乱させている要因の一つに会社法があります。偶然にも時を同じくして会社法が成立し、その中で内部統制の構築を規定しているからです。しかし、会社法で言う内部統制は「業務の適正を確保するための体制」で、取締役の善管注意義務を明示しているにすぎません。また、404が対象としているのは開示に係る内部統制ですが、会社法は経営に係る社内の仕組み・制度を全て対象とする広範なものです。
> 内部統制という言葉は、そもそも「会社のある目標を成就するために敷く社内における全社的な手段」を総称する言葉であって抽象的なものです。会社法で言うような、「会社経営上のありとあらゆる会社の仕組み」を言っているのか、日本版404でいう「財務数字の開示の適正性を確保するための仕組み」を言っているのかを区別しないまま議論して混乱している場面に出くわすことも少なくありません。
> しかも、会社法では、それらの構築を規制して評価させるという制度ではなくて、それらの構築まで含めて経営者責任として問いますよといっているにすぎません。つまり、会社に不祥事が生じた場合、経営者が「知らなかった」とか「報告を受けていなかった」などという言い訳は通用しませんよ、経営者の内部統制構築責任が問われますよということです。では、どの程度まで内部統制を構築すればいいのでしょうか。しかし、その答えはわかりません。その構築のレベルの判断までも含めて経営者責任なのです。

☆ これについては,法務省の会社法チーム(相澤=葉玉組)の見解を見るまでもない。もともと会社法は,平成13年辺りから一連の商法近代化作業の集大成として,規制規範としての法律を制度のガイドラインという性格のものに大きく組みかえる作業であった。その過程で,会社のあり方を巡る現代的な問題意識を取り込みながらアップ・トゥ・デイトなものにしようという極めて実務的モダンなアプローチを採っていた。それに対する法曹からの批判は論を置くとして,実務的にはかなり大幅なフリーハンドを与える結果になり,それが規制大好き定型大好きな一部現場の混乱を招いているのは間違いない(´∀`)。

☆ 中島先生が最後のパラグラフで書いているように,あくまでも経営者の懈怠責任(=経営者としてやるべき仕事を怠けたことによって会社≒株主に与えた経済的損失への責任)を問われますよというのが,法務省の会社法チーム的な「内部統制に関する議論」である。逆に言えば,そのレベルを決めることこそが経営者としての仕事でしょうと彼等は言うのである。まあ当たり前の話といえばそれまでだ。

3.内部統制を経営改革の旗印にする混乱

> 内部統制という言葉をひと括りにして議論すると、業務改善といった無駄の撲滅や法令順守、リスク管理、さらには着服等の従業員不正の撲滅など、あるいはCSRといった広大なる目標にまで言及してしまい、ゴールが見えなくなってしまいます。しかも、これらはいずれも、日本版404で言っている内部統制構築とはまったく異なるものです。あくまでも、日本版404は、投資家への開示に係る決算数字の信頼性担保のために、その数字の作成過程の構築を義務付けているにすぎないわけです。
> 「日本版404を機に経営改革を」とうたっているような会社がありますが、これはいかがなものでしょうか。本当に投資情報の適正表示のための体制構築が会社の改革すべき課題なのでしょうか。これが本当だとしたら、公開企業として、ディスクローズという最低限の義務すらも果たせない危険な状況にあるといわざるを得ません。これは経営改革などという代物ではなくて、会社の最低限の義務です。
> 本当の課題は、不祥事撲滅やコンプライアンス、あるいは業務の非効率さの改善にあるのではないでしょうか。内部統制という言葉を使えば、それらの会社の課題が浮き出てきて解決できるほど甘くはありません。会社の課題は何なのか、何を改革するのかを明確に定めて、その具体的対策を議論すべきです。内部統制という「おばけ」のような言葉に惑わされてはいけません。

☆ つまり「会社法」に言う「内部統制」と金融商品取引法にいう「財務数字の開示の適正性を確保するための仕組み」とは峻別されるべきであり,後者における基準を遍(あまね)く前者を通じて全社に適用させるのか否かはまさに「経営者の経営者としての判断」の問題ですよということだ。その評価は会社法によって行われるべきではなく,例えばCSRとか企業コンプライアンスといった企業の社会的な役割の中で精度を上げていくべき問題ではないのかと思う。価値ではなく形から入ろうとするから,実務の現場に無用な混乱と軋轢を生じさせるのだ。それは経営者の経営上の問題といわずにいったい誰が,会社の中で責任を取るのであろうか("Does Anybody Really Know Whose Resposibility It Is")?

4.これを機に企業価値を拡大できるという誤解

「日本版404で企業価値向上」をうたう会社があるが、これも何か変です。投資情報の適正性確保のための体制整備はもちろん必要なことであり、それが完璧になればマーケットからの信頼が高まり、投資家は安心して投資の検討ができるというものですが、決して企業価値が上がっているわけではありません。企業価値とはもっと経済原理に基づく冷淡なもので、数字それ自体である。儲からない会社が、いくら開示や会計を整備したところで企業価値は上がりません。会計とか開示というものは数字の信頼性を担保しているにすぎないのであって、数字の裏にある実態には言及していません。経営実態を改革しない限り企業価値は上がらないというのは当たり前の話です。

5.会計を知らずしてJ-SOXを語る不思議

> 日本版404は会計問題です。投資情報として開示される数字の信頼性担保の仕組みを構築する制度ではあるが、その投資情報は「会計」というツールを使って会社の商売の実態を数字に落とし込んでいるのです。つまり、会計というツールが会社の「実像」を「写像」に変換しているのです。その変換の仕組み・体制が日本版404でいう内部統制です。
> 会計には多くのルールがあります。一つの仕訳をとってみても、それを起票するタイミング、計上する金額、それよりも何よりも、どういう勘定科目で処理すべきなのか、そのような会計の処理手続きが社内で正しい会計判断の基に適正に処理されているかということが問われているのです。従って、会計の基本であるところの、複式簿記の原理、B/SやP/Lの構造、資産や負債の概念、さらには税効果会計やキャッシュ・フロー計算書の原理、それらのものを知らずして404を語ることは絶対にできません。会計を知らずして404に入り込むと、入力ミスと集計ミスと承認漏れを洗い出すだけのチマチマした監視体制の構築に陥ってしまいます。つまり、「会計を知らずして404を語ることなかれ」です。

☆ この2点には何の異論もない。会社法実務の立場から考えれば,会計監査人が監査役(設置会社の場合。委員会設置会社なら監査委員会)とそれぞれの立場から(主として大会社や有報提出会社である)株式会社の監査を行う上の基本的なルールについて日本版404は内部統制の名前を使っている。会計知識の不足した頭でっかちなどっかの部門が,コンプライアンス,CSRなどとゴッチャにして,無駄な工数を課員に強いて残業させて形を作るのではなく,会計のルールに詳しい部門にチームを作り,隗より始めよという姿勢で初めて上手く行くのではないか("Does Anybody Really Know Whose Work It Is")?

6.会計士サイドの大いなる誤解(外部監査人の内部統制評価の実体を見抜け)

> 監査という仕事は難しい。他人のやったことについて評価するのですから、そもそもわからないことだらけです。実態に踏み込むには限界があるからです。それでも一定の評価を下さなくてはなりません。
> ところで、会計監査の場合、あくまでも会社側に会計数値作成責任が一義的にあることを明示させ、その数字についての監査を行うという立場を堅持しています。そして万が一、会社側の数値に間違いが発覚しても、監査上の手続きの問題と会社側の作成責任の懈怠という問題を分離しています。いわゆる2重責任の原則です。
> その場合、監査上の行うべき必要十分なる監査手続きを踏んだという証は「内部統制」という概念で説明されます。内部統制を評価した上で、個々の取引の実態調査をしているので、これは決して見落としではありません。一定の理論構成の基で行われた監査の過程で発見できなかったのだから、これはやむを得ないということです。つまり、内部統制という用語は、もともと監査用語で、しかも監査人の自己保身の理論構成をする上で使われてきた用語なのです。会計監査人は確かに従来から内部統制の評価を監査手続の中で行ってきました。しかし、それは実態に迫る血の通ったものには程遠く、外部から見た一定の枠の中で、監査という手続き上の中での理論構成上行っているにすぎません。
> 今回の日本版404で、内部統制という自分自身の評価に、従来から外部の監査人が行っている評価の手法をまねることは、あまりにもナンセンス。会計士側も自身の行動を慎むべきであると確信しています。「その会社の内部統制のプロはその会社にしかいない」のです。

☆ これも言われてみればそうだなあと思わざるを得ない。ところで中島氏が所属する新日本監査法人が提携しているのはE&Y(アーネスト&ヤング)なのだが,ここが米国でNECの監査を巡って厄介な事態になっているという報道が先週から市場を賑わし,NEC自体の株価にも相当は圧力となっているのは皮肉な気がする。米国会計基準でSECへの報告が大幅に遅れるから,9月中間決算の国内発表は国内基準でやりますとNECが言ったことについて,中島氏が立場上語ることはあり得ないだろうが,こんなところにもシステム仕事の難しさや米国基準(つまり本家SOX)を巡る混乱が伺える。どう考えても定着しているようには思えないのが,米国のSOX事情ではないだろうか?

7.内部統制評価の手続きへの疑問(「起こりうるエラー」を考える?)

> 日本版404の内部統制の評価の手法が混乱しています。開示につながる業務フローの中で、起こりうるエラーを事細かに全て拾い上げ、それを撲滅していくのが日本版404の内部統制構築の手法であると解釈しているむきもありますが、それは誤りでしょう。このような網羅的リスク撲滅アプローチは、コンプライアンス問題の解決や業務上の無駄の発見、従業員の不正着服の撲滅のためには、意義のある手法であると思われますが、こと今回の日本版404に関して言うならば、この手法は疑問です。そもそも投資家の判断を誤らすことがない程度に開示情報が担保されていることが今回の制度の趣旨であって、完璧なる100点を志向する制度ではありません。
> やはり、「リスクアプローチ」を駆使すべきです。そうでないとコストパフォーマンスが悪すぎます。完璧を求めることに要するコストはそのメリットをはるかに超えるものとなり、そもそも経済制度として成り立ちません。
> ところで、誤解しないでいただきたいが、「リスクアプローチ」とは上記のような詳細かつ網羅的にリスクを拾い上げていくようなリスク撲滅アプローチをいうのではありません。「リスクアプローチ」とは「リスクを拾い上げ、それを埋めていく手法」をいうのではなくて、まったく逆、「リスクのないところは何もせず、重要性の高いところだけを埋めるという手順」をいうのです。

☆ これと同じ光景を見たことがある。そうISO導入を巡る大混乱だ。奇しくもISOとこの内部統制でに共通するのが、「リスクアプローチ」である。日本人の悪いところは(半面非常に優れたところでもあるのだが),こうしたアプローチの時に最初にあるべき姿を結論として描き,そこに向けたタスクフォース的方法で全ての困難を突破して成果を得るという,「プロジェクトX」的手法しか正解が無いと勝手に決め付けることだ。

☆ こうした体育会系的根性主義がどれだけ非合理で,実情に合わないかどうしても理解できない御仁が多過ぎる。答えを言うのなら,演繹法でやるべきところを帰納法でやってはならないのである。「リスクアプローチ」は絶対の正解ではない。あくまでもリスクが予想される部分を限定してそこに重点をかけるから,それ以外の予期せぬリスクの可能性は常に内包している。それはむしろ一般的なリスクマネジメントの話であり,そういうところをゴッチャにすべきではないのだ。

8.定性的なものへの評価の限界は認識できているのか

> 次に、日本版404にはそもそも制度としての限界があるということは見逃してはいけません。定性的なものを評価することは非常に困難なことであり、かつそれを外部のものにさらに監査をさせるという仕組みは理論的には理解できますが、現実の実務の中では相当困難なものになるということです。
特に、外部の監査人は「これでは監査報告書は出せませんよ」というコメントをちらつかせながら、自己保身に走るので要求はきつくなる可能性が高いです。米国では現実のものとなり、404の崩壊が始まっているわけです。つまり、経済制度としてなじまないのです。開示の体制整備とそれを対象とする自己評価と外部監査という主張はごもっともですが、現実的な実務への反映は相当困難なものとなるでしょう。
> 子供の教育が重要であるからといって、親に「うちの子供はしっかり勉強しています」と宣言させて、外部のものにそれを監査させたところで、世の中がよくなるのでしょうか、意義があるのでしょうか。その制度に要する社会的コストはその社会が享受できるメリットをはるかに超えてしまうのではないでしょうか。

☆ この辺は勉強不足のマスコミや企業の経営者達にもしっかり認識してもらいたいと思う。このあたりの議論を見ていると例の「成果主義」なるものが人事の現場にもたらした混乱を思わずにいられない(今日はこればかりだ(^▽^;) )。

9.ドキュメンテーションとは責任解除のための証拠作りなのか
今回の日本版404は、その膨大なドキュメンテーションの作業が大変であるとよく言われます。そもそも、経営の屋台骨を脅かすほどにドキュメンテーションのコストをかけなくてはいけない制度というものが経済制度として成立していいわけがないという点を指摘しておきたいと思います。
> また、ドキュメンテーションの目的は説明責任の遂行といわれますが、結局それは自身の立証責任の確保であって、投資家保護というものとは結びつきません。また、ドキュメンテーションが整備されていないと監査ができないという理屈は一理ありますが、やはり監査人の見識が勝負の分かれ目になります。「ノンドキュメンテーション、ノンワーク」と主張する人がいますが果たしてそうでしょうか。確かに保身のための立証はできないという自己に不利に働きますが、保身ばかりを考えて遂行される経営や監査・・・ちょっと淋しい気がしてなりません。そういう世の中になったと言ってしまえばそれまでですが・・・。

☆ これもやはりISOを巡る混乱に似ていると思う。こうした混乱の原因となっているのは,それらのものがある日ある時どこか天の方から突然落ちてきた隕石に似ているからではないかと思う。突然の隕石がもたらした混乱に「とりあえず触らぬ神に祟りなし」だからサクサクと片付けて免罪符にしてしまえという流されモードに日本中が巻き込まれている。そこを衝いて不安ビジネスが花盛りという,どっかの占いのババアやスピリチュアルなオッサンが持てはやされているのにも似た気色と居心地の悪さを感じるのは,ひねくれ者で罰当たりなあたしだけだろうか?そんなあたしが言うのもなんだけど,免罪符の横行にルターは立ち上がったのだが,現代のルターがフーリガンもどきの反グローバル主義者だけということも淋しくないのかねえ?

10.果たして投資情報として本当に有用なのか大いに疑問

> 今回の日本版404の目的は投資家保護です。つまり、投資情報の信頼性向上です。ところで、そもそも投資家は投資情報という数字それ自身を判断材料にしているわけで、それを作り出す過程、つまり決算書作成までの裏事情に果たしてそれ程興味を持っているのでしょうか。

☆ あたしもそう思う。誰も,おそらく企業のアニュアルレポートを世界一読んでいるオマハのウォーレン・バフェットでさえも,そんなことは露ほどにも思わないだろう。そう言えばバフェットの投資方針は明確だ。「自分に分らないものは,買わない」。これで殆どの投資が済ませるのではないか。投機なら別だ。これは財務諸表は端から必要としない。そういう投資のあり方が投機なのだし。。。

> 「今期だけは経理のチーフが辞めてしまったために会社はてんてこ舞い、会計監査人との事前打ち合わせやコミュニケーションの強化により何とか決算を終わらせ、会計監査証明も無事付与された。」このような裏事情を投資家は本当に必要としているのでしょうか。結果的に数字が適正であれば、これでいいのではないでしょうか。その裏事情、「数字は適正であるが、実は体制は相当混乱している。監査の中で数字を修正したのがいくつかある。」というような情報が本当に投資家に必要なのでしょうか。

☆ 投資家でここまでの情報が必要な者など実際どこにもいないと思う。ただ,支配的株主であれば話は別だし,少数株主(前者以外の株主を指す)であっても自社との連結決算上,その会社に風評リスクが生じるのは困るという場面はあるだろう。ただそれは株主が経営にもタッチしていない場合だけであり,通常それは考えにくい(突然大株主に浮上したものは別だが)。そうやって考えると,一般株主(ごく小さな単位しか保有しない)にとっては,やはり必要なものとは思えない。

> 会社側と会計士の間で、来期からは今期の反省に基づいて、このように体制整備を進めていこうという話し合いが持たれ、お互いの協力の下に徐々に体制整備がなされていけばいい話ではないのかと思います。会社と会計士の関係とはそういうものです。これを癒着とか独立性違反とは決して言いません。

☆ ある意味正論だが,それを今言い切ってもいいのかな?やはりカネボウや西武=コクドについて反省すべき点は多々あるのではないのか。と監査法人には言いたい。いったい誰のせいで実務に無駄な工数をかけるこんな事態を招いたのだとあたしらが言えば嫌味に感じるのだろうか?

> 以上のように、今回導入されようとしている日本版404は多くの疑問や矛盾を内包している制度です。経営者は浮き足だつことなく、冷静にこの制度と向き合っていただきたいと思います。まさに、経営者の感覚と見識と戦略が問われる局面です。また、担当会計士にはぜひ議論をぶつけてみてください。一緒に前向きに意義のあるものを見出し、ともに歩んでいきたいと思います。

☆ これが結論。もちろん論旨はよく分るし,実務家としても分っていない経営層をどうやって説得するのか考えるだけで顔色を失いそうなんだが,こうした議論を監査法人の人が問題意識として提示しているところに,今の社会の健全な部分を感じるのも事実だ。多少嫌味を書いたところもあるが,本質的にはこうした議論の機械が増えることは大いに賛成したい。それこそが会社法チームの考える「開かれた企業社会」のあり方に沿った社会ではないかと思うから。(^∇^)

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2006年10月20日 (金)

ROLL AWAY THE STONE


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> 政府税調会長に本間氏、事務局案が覆る異例の人事

> 政府は19日、首相の諮問機関である政府税制調査会の委員を内定した。続投する見通しだった石弘光・前会長(中央大特任教授)(69)に代わり、新たな会長には本間正明・大阪大大学院教授(62)が選ばれることが事実上決まった。
> 委員の任期は3年間。11月上旬に開く予定の政府税調総会で、新たな委員による互選で本間氏が会長に選出される見込みだ。
> 前委員は、今月5日で任期が切れており、事務局の財務省と総務省は石・前会長の続投を念頭に、新たな委員の人選を進めていた。しかし、安倍首相が経済成長戦略の重視をより鮮明にし始めたことで、増税色の強い石氏の続投は官邸主導で見送られることになった。事務局が固めた会長の人事案が覆るのは、異例だ。
(読売新聞) - 10月20日0時29分更新

☆ これは喜ぶべき知らせだ。重石をようやく退(ど)けることが出来て,本当に良かった。考えてみれば,1990年代を酷い10年間にした戦犯を列挙する時に三重野康氏,久米宏氏の名前が外せないのと同様に,2000年からの悪夢の3年間を先導し,その後の回復にも常に抵抗勢力として立ち塞がった石先生の功績は極めて重大であると言わざるを得ない。誰か重石を退けてくれとあたしはずっと思い続けていたが,重石の方は「漬物石」よろしく財務省などの事務方に支援されて,居座る気になっていたのだから救えない。

☆ もちろん,本間先生に代わったところで財務省が証券税制の「正常化」を主張する構図は変わらないし,尾身財務相がそれに対して「結論」を持っていることも分かっている。分かっているからこそ,最後まで抵抗しなければならない。貯蓄から投資への流れの中で,いま目先の税金に目が眩んで,市場の息の根を止めてはならない。粘り強く主張すべきであると思う。

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2006年10月16日 (月)

先週のニュース

☆ 日経が証券税制についての連載記事を書いていた。尾身財務相はかつて経済企画庁長官時代に景気の回復時期を問われて「来年の桜が咲く頃には。。。」という迷文句を残して市場に追い込まれたことを恨みに思っているだろうから,税収しか頭にない財務相の役人には心強いことだろう。

☆ もしも証券税制を元の(といっても実現していないのだが)20%に戻すのなら,先に消費税を10%にしてからにして欲しい。暴論のように聞こえるかもしれないが,合法的に税金を払わない仕組みを作った人間や組織・団体から最低限の税金を取り上げる努力もせずに,取れるところから取ってやろうというのでは,あたしは納得しない。消費税の逆進性なんてまやかしに引っ掛かってはいけない。脱税に対する最低限の抵抗方法が消費税なのだ。そういう努力もせずに,たかが全国数十万人の個人投資家にだけケツを持っていくような汚い凌ぎは止めたらどうだ。

☆ もう一つ興味深かった記事。日銀ネットがPCでできるようになるという話。そういう時代になったのかと思う一方でセキュリティの構築は大変そうだなと思った。

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2006年10月 9日 (月)

日経CNBCアンカートーク 10月2日(月)ネットエイジグループ西川潔社長インタビュー

インタビュアー:日経CNBC報道解説部 中島健吉アンカー
※インタビューの内容を再構成したレジュメ形式で作成した。

(1) ネットエイジグループの事業は,インターネットビジネスのインキュベーターを標榜してきた。インキュベーターとは事業育成会社という意味で,この8年半の間に26のビジネスを世の中に出してきた。

(2) 2年半前に会社再編を行い,インキュベーター部門とベンチャーキャピタル部門とを100%子会社として持つ純粋持株会社として現在に至っている。

(3) テーマはインターネットである。売上の66%がネット事業ビジネス,34%が投資事業。前者のうち約5割が広告配信事業。基本戦略としてトラフィック(=自サイトへの訪問者)を集めてそれを(広告の売上によって)収益化するところに焦点を置いている。

※ ネットエイジグループが運営するサイト=KLASSSaafTrend MatchTAGGY
なお,http://www.netage.co.jp/business/index.html も参照。

※ 投資ポートフォリオ=MixiNet Mileイーバンク銀行Sea Capitalデジタル・ネットワーク・アプライアンスリアルワールドANY
なお,以下参照。
http://www.netage.co.jp/business/sozo/index.html
http://www.netage.co.jp/business/ikusei/index.html
http://www.netage.co.jp/business/shien/index.html

(4) 自社事業のキャッシュフローは広告事業から入り,投資事業は数年前から育成してきた事業がIPO(Initial Pubulic Offering 新規公開)などことによりEXIT(投資還元)するという形で進んでいる。売上では3分の2が広告事業であるが,営業利益率を見ると圧倒的に金融(投資)事業の方が高い(68%)。

(5) 金融(投資)事業は,5,6年前に作ったビジネスがようやく実を結び始めた段階。例えば先日IPOしたMixiは原始株(=会社設立時の出資株式)で持っているため,利益率が非常に高くなる。こうした先行投資事業の果実を受け取りながら,先行投資的な事業をネット上で作っているので,自社事業の利益率は多少犠牲になっている。

(6) Mixiは第二位株主で,公開に際しては1%程度売却した。きっかけは,当時東大の学生だった笠原(Mixi創業社長)氏が西川氏を訪問したことで,その後出資するだけでなく,システム構築などを手伝った。笠原氏に関しては,起業家としての将来性を買って,投資し,システム開発支援をした。

(7) ネットエイジは,起業の初期段階(アーリーステージ)においては,プロフェッショナルなベンチャーキャピタルというより,エンジェル(起業支援者)的な投資を行っていた。これは他の投資家からの資金を預かるのではなく,自由度の高い自社資金を投資していたからできたことで,それが成功に繋がった。

(8) 金融(投資)事業からの収益に偏っている印象があるため誤解されている面がある。これからの戦略としては,現在のWEB2.0的な投資のチャンスを逃すことなく,積極的に新しいビジネスを作りつつ,数年前に投資したものから果実を得ることで,全体的なキャッシュフローやボトムライン(最低線の売上高・利益)は確保することにより,安心して新しいことにトライする状況を作りたい。

(9) WEB2.0の「2.0」は,ソフトウエアのヴァージョンアップを意味する言葉であり,インターネットが一般の人に使われるようになって10年経つ間にいろいろな試行錯誤をすることで新しいトレンドが見えてきたという状況を8つのトレンドにまとめたものがWEB2.0という論文だった。ティーンエイジャーでインターネットを使い始めた層が20代から30代になり,インターネットのヘヴィユーザーでもあるこの層がマスとなって新しいインターネットビジネスを押し上げている。要するに消費者が受身ではなく積極的に発信するようになった。こうした新しいユーザー像はアルビン・トフラーがかつて「プロシューマー Prosumer(Producer+Consumer=生産者であると同時に消費者である主体)」という概念で示したような製造側に影響を及ぼす消費者像になる。例えば口コミの力が非常に大きくなっており,広告業界でもメーカーからの一方的なメッセージよりは消費者同士の情報交換という形になっている。それをひとつにまとめるようなサイトの運営も事業のひとつとして行なっている。

(10) IPOで取得した20億円近い資金の使用目的は,3年前に再編した路線を更に強化する形で考えている。具体的には前述のWEB2.0的な新しい分野に自社の事業として積極的に投資していくこと。また,投資事業では日本のみならず中国など世界の市場を睨んだサービスに投資チャンスがあると感じているので,そういったファンド組成に出資していく形で使っていこうと考えている。

(11) 自社ビジネスモデルの競合あるいは類似会社として見ているのは,デジタルガレージ(4819)ドリーム・インキュベータ(4310)がある。投資事業では40数億円で5本のファンドを持っているが,次のファンドの立ち上げもあるし,目的別という意味では中国へのファンドもある。

(12) 投資家に対する還元で配当政策は,株式会社の根本原理が配当にある以上,前向きに考えているが,会社としてオフィシャルに発表していない段階である。今年はMixiの上場があったが,来年以降も今までの投資の果実を上場で収穫しつつ,それによって得た資金でWEB2.0的新しい企業への投資に向け,このあたりでの(収穫→投資→収穫の)タイミングのバランスを取りながら経営して行きたい。

☆ 論評せず,参考資料として提供する。

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2006年10月 6日 (金)

あたし思うに

☆ 皆が安全牌に逃げ出す相場は,たぶん相当質が悪いと思う。

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2006年10月 5日 (木)

幽霊と相場は人気のないところに出るが

☆ 詐欺師とかっぱらいは,人気の多いところに出る(^▽^;)。例えばこの記事のように。

ネット掲示板で投資話 800万円詐取容疑で3人逮捕

(asahi.com 2006年10月05日16時29分)

> インターネットの掲示板で架空の海外投資などをうたって出資を募り、香川県内の男性から約800万円をだまし取ったとして、兵庫、宮崎両県警は5日、宮崎市高岡町、同市健康増進課主査の藤元隆典容疑者(46)と、振り込め詐欺グループの元リーダーで住所不定無職の富永勝志容疑者(31)=別の詐欺罪などで公判中=ら計3人を詐欺の疑いで逮捕した。3人は昨年12月から今年2月にかけ、十数人から1000万円余りを詐取していた疑いがあるという。

☆ おいおい。宮崎市には㌧でもない公務員がいたものだなA=´、`=)ゞ。

> 調べでは、3人は今年1月、ネットの掲示板に投資顧問会社を装って書き込みをし、海外の複数地域の株式などに投資する「国際分散投資」を「一口300ドル」で募り、香川県内の男性から、富永容疑者が管理する他人名義の銀行口座に計約800万円を振り込ませて詐取した疑い。

☆ 容疑者が管理する他人名義の銀行口座。。。確かに振り込め用偽装口座だ。まさに今まで使っていた杵柄(きねづか)という訳だ((゚m゚;)。

> 藤元容疑者と富永容疑者は、ネット上での携帯電話売買を通じて知り合ったといい、藤元容疑者が架空の投資情報を考え、富永容疑者らが掲示板へ書き込んでいた。だまし取ったカネは藤元容疑者と富永容疑者ら2人で折半していたという。

☆ しかしこういう「絵に描いたような詐欺」を見ていると,先ほど書いた「マネーロンダリング」の話と点と線で繋がりそうな気がする。一方に税金を取られたくないとか出所を知られたくないとか,コッソリ増やしたい金があって,何だか分からないけど「間違いなく」儲かりそうで,おまけに税務署ステークホルダー(笑)から「自由」な金の置き場所があれば。。。というせこい出来心があれば,誰でもコロッと引っ掛かりそうな気がする。

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2006年10月 3日 (火)

ウチ目均考(14)~良薬は口の中の苦虫

☆ 日本経済新聞 第43365号 2006年10月3日(火)15面(投資・財務2)

コラム「一目均衡」 帰ってきた?ソフトバンク (末村篤 特別編集委員)

☆ もう10年も経つのかと思った。日本経済新聞の産業面だったかのコラム(「経営の視点」か何かだっただろうか?)で,まだ編集委員の若手だった苦虫こと末村篤がソフトバンクのことを「会社型投信」と言い切った記事を見てから。。。書いたご本人がそう回顧しているからそうなのかもしれないが,もっとITバブルに近い時期だったんじゃないのかなという気もする。

☆ 内容は「一目均衡」に末村自身が書いているように「パソコンソフト販売から出版に展開した実業を種に,市場調達資金を他企業に投資するビジネスモデルは投資会社,孫正義はファンドマネジャーで,同社への投資は投信を買うようなもの」という指摘だった。当時のソフトバンクはコムデックス(COMDEX)米国のコンピューター・ハイテク産業の見本市(の企画会社)を買収するとか,まだ未上場だったテレビ朝日の株式を同社の大株主だった旺文社の一族から買い受けようとして「スピード違反の経営」とか言われていた頃の話だろう。当時の(たぶん今もいるんだけど^^;)財界のお偉方が「孫君はやり過ぎている」と自分は口ばかりなのを棚に上げて怒った頃だから(爆笑),このコラムを見た時の感想は「財界に媚びていやがる」程度のものだったことをここで認めておこう(^▽^;)。

☆ ところがどっこい,苦虫の指摘は,孫と北尾の二人三脚が暴走し始め,重田などのフォロワーが登場するにつれて現実化する。ITバブルとか,ネットバブルなどと言っているが,本質は「何か新しそうなことをやっている」企業の先買いと,その成長性という魔法が有効な間だけ通用する本質価値を超えた擬制資本の暴走,平たく言えばバブルであった。だから苦虫苦虫と小馬鹿にしているように見えるかもしれないが,あたしは末村の発言の背景にある冷静な視座は高く評価している。

☆ 面白いのは,苦虫のソフトバンク評は「IPOビジネスの総取りを狙う逸脱もあった」と言いながら,その一方で「投資の器として株式会社の可能性への挑戦は「失われた十年」の希望の星であり,ライブドアや楽天などのビジネスモデルは同社の模倣に過ぎない。」とも書いて,意外にも高い評価を与えている。彼なりにソフトバンクには思うところがあるのか,あたしには正直良く分からないのだが。。。(^▽^;)

☆ このコラムの焦点はここから。「ブロードバンド事業進出以来の事業会社回帰」を苦虫は「付加価値の第一次生産者としての実力不足」と総括し,証拠として「上場来12年間の累計最終損益は2千億円弱の赤字だ」と指摘する。ここから再び本領発揮で苦虫はこう言う。「自ら手掛けた事業は利益を生まず,株主の期待を裏切り続けた歴史といえる。」有り体に言えばその通りである。もちろんYahoo!BBなかりせば,この国の高速IT通信網と低廉な常時接続サービスが存在し得たのかというWEBなんとか.なにがし的議論はあるだろうが,それは苦虫の論旨とは関係の無い話だろう。

☆ そして結論として,苦虫自身は気が引けたのか,どこの誰とも知らない運用のプロなる人物の発言を引いてこう言う。
「人気だけで実体がない日本特有の株。買いたくて買うと高値,売りたくて売ると底値。投機好みの個人投資家には魅力的でも,これほど厄介な株はない。」

☆ 最後に先ほどの質問を交えながら苦虫自身はこう総括する。

「ブロードバンドの普及でIT後進国の日本を先進国に押し上げた功績と,投資に見合う利益を上げ株主の期待に応えるのは別次元の話だ。孫社長は投資の回収を目指す事業家か,永遠に夢を追う投資家か。株式会社の実験企業が仕手株である必然性はないとすれば,ソフトバンク株の行方は日本の投資家の成熟度を測るバロメーターになる。」

☆ 苦すぎる。。。(^▽^;)

☆ ただ,彼が言うのは正論である。あたしのイメージではソフトバンクは,かつて昭和30年代の本田技研(ホンダ)や理研光機(リコー)のようになれるのか,昭和50年代の三光汽船のようになるのか,どちらかなのだろう。苦虫の結論は,恐らく10年前に下した彼の予断通りであろうから,ここであえて問う必要すらないだろうが。

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本社元社員,罪状認める (日本経済新聞第43365号 2006年10月3日(火)第42面(社会)

本社元社員,罪状認める (日本経済新聞第43365号 2006年10月3日(火)第42面(社会)

インサイダー事件 東京地裁で初公判

「不正利益9700万円」

> 日本経済新聞社東京本社広告局の元社員のインサイダー取引事件で,証券取引法違反罪に問われた元金融広告部員,笹原一真被告(31)=懲戒解雇=の初公判が二日,東京地裁(青柳勤哉裁判長)であり,罪状認否で同被告は「間違いございません」と起訴事実を全面的に認めた。検察側は,未公表情報を利用した株取引で得た利益は,起訴分以外も含め,計9千7百15万円にのぼることを明らかにした。

> 検察側の冒頭陳述によると,笹原被告は2004年3月ごろ株取引を始め,昨年2月,ライブドアの転換価格修正条項付新株予約権付社債(MSCB)の法定公告が日経新聞に掲載されたことに着目。社内の広告管理システムの端末に法定公告の内容が表示されることに気付き,同年8月ごろ未公表情報を悪用して株を購入するようになった。

> 昨年12月から今年1月にかけては,西松屋チェーンなど上場企業5社が1株を2株に分割するとの法定公告が掲載されることを把握し,自分や妻名義で各社株約9万4千株を約2億4千万円で公表前に不正に購入。いずれも日経新聞朝刊に公告が掲載された後に売り抜け,売却益約2千9百5十万円を得た。

> 証拠調べで検察側は,不正取引の動機について「株で利益を得るのは,男として格好いいと思った」などとする同被告の供述調書の要旨を朗読。起訴対象の5銘柄を含め,端末を見たり,公告の割り付け表から推測するなど「ずるいことをして約9千7百15万円をもうけた」と供述していることも明かした。

> 笹原被告は今年7月25日,証券取引等監視委員会が証取法違反容疑で告発したのを受け,東京地検特捜部に逮捕された。日経は同日,懲戒解雇した。

以上が記事全文(見出し・本文)である。

☆ 本件の論評は稿を改めて行う。

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2006年10月 1日 (日)

【トライアル版】来週の相場展望分析【FISCO編=1=】

素材 クラブフィスコ ウィークリーメールマガジン 2006.9.29 No.92

【株式】「リバウンド一巡、アイランド打ち消しなら強気に」(FISCO村瀬部長)

<今週の相場概況>
 今週の日経平均は下落リスクがくすぶる中、週初にはTOPIX型のミス発注によるイレギュラーの売りの影響から一時15513.87円まで下げる場面をみせた。しかし、その後はミス分の買い戻しや野村の中小型株ファンドなど投資信託の大量設定、景気減速リスク後退による米国市場の上昇基調、さらに安倍新政権発足による政策期待による流れなどから上昇基調を強めて16000円を回復。期末要因から参加者が限られていたため売買高は依然として低水準でありながらもファンド設定による押上げ効果が大きかったとみられる。

☆ 先週のあたしの相場観は弱気継続。その弱気には特段の根拠もない。ただ,強気になれないというのが最大の理由(^▽^;)。正直に言えば,下期には買い直し出来そうだからこの辺でチョッとCPを増やしておこうか程度のもの。週初の誤発注の話は,月曜の後場寄り後のことではなかったかと思う。この辺は前週に売っておけばよかったと焦ったものである。月曜日は権利付き最終売買日だったから元々スルーだったが,火曜日になって実際に権利落ちしてみると,やっぱりパッとしない相場でそんな雰囲気の中,安倍新政権がスタートしたという感じだった。

 また、下落リスクを警戒していながらの上昇であったため、どちらかというとショート(売り)ポジションに傾きやすい面も需給を悪化させなかったようである。物色はこれまでの値がさハイテクから今週は大手銀行、不動産、鉄鋼といった内需関連主導に。NT倍率は10倍を割り込む場面もみられた。また、需給妙味の高まっているソフトバンクが週末にかけて強い動きをみせたことで、新興市場の売り込まれていた銘柄などに値ごろ感からの買いが向かう場面もみられた。

☆ その意味で,水曜日はあたし的には絶好の売り場に見えた。実際,あたしが店頭にいた後場の2時半過ぎまでは相場は順調に上がっているように見えたが,それからも勢いが弱くなることなく,木・金と上昇がともかく形になったのは,予想外だった。また猫パンチ銘柄を久々に買ったのだが,これは底付き反騰の途中で買ったせいか,上昇したと思ったら値を消してしまい,改めて新興市場との相性の悪さを思い知らされた。orz

<来週の相場見通し>
 日経平均は25日線、26週線のほか一目均衡表の基準線を確実に突破してきている。同時に遅行線も上昇しており、過去の実線を下から上に抜きつつあり、上方転換シグナル発生への期待が高まってきている。週足ベースでも先行スパン(雲)上限を回復し、基準線を突破してきている状況である。ただし、前週に重要な支持線を割り込んでいるほか、週初にも下値を切り下げているため、現在はテクニカルリバウンドの範囲内であり、16200円レベルまでの戻りはあってもおかしくないレベルである。依然として16200-16400円レベルにあるアイランドが形成される可能性は残っている状態であるため、これを確実に打ち消すまでは何時リバウンドが終わってもおかしくないと考えられる。また、結果的には安値から600円程度の上昇とはなっているが、TOPIX型のインデックス売買やファンド設定にともなう買いが中心とみられるため、600円上昇の割には参加しづらい週であった。そのため、先高期待を強めて需給が買いに傾いているとは考えづらいことから、アイランドを打ち消してからの参加でも間に合うとみている。

☆ 村瀬氏は強気継続が基本スタンスにあるようだ。ただテクニカルリバウンドの範囲内という指摘は,先週末の日経CNBC「WEEKLYラップ」の「Catch Up Market」に出ていたAIG投信投資顧問の元木氏も年内相場はレンジ内の往来になると読んでおり,中勢上昇相場の中の短期レンジ内推移というなんちゃって熊派を後方支援するようなコメントのように思えた(^▽^;)。FISCO名物牛熊談義でも注目の的だった(^▽^;)16200-16400円レベルにあるアイランドの否定があるかどうかはなんちゃって熊派としても見逃せないところだ。まして金曜大引け間近のバスに乗り遅れるな買い銘柄(東宝と東急不動産)は2日新甫リバースを喰らいそうだから,週初,日経の頭は重いと考えている。村瀬氏もアイランドを打ち消してからの参加でも間に合うと,余裕の発言だが。。。(;´▽`A``

 週末の日経平均は高値引けとなった。相場の先高観を意識させるような終り方となってはいるが、これも期末価格を意識したところによると考えられる。来週以降もこの上昇の流れが続くとみるには、押し上げにつながる材料が必要であろう。来週は週初に日銀短期経済観測調査(日銀短観)が予定されている。大企業・製造業の業況判断指数DIはプラス21、大企業・非製造業DIはプラス20と、前回6月調査と同じと予想されている。この予想が上回るようであれば、内需関連主導での上昇が期待されるほか、米国市場がさらに上昇基調を強めるようであれば、今週やや動きの鈍かった値がさハイテク中心とした国際優良株などへの上昇につながることは考えられる。

☆ 既に先週後半にはエコノミストの関心は明日朝の日銀短観に移っていたが,この辺の予想は村瀬氏にお任せする。ただ物色対象の変化については,引き続き注視したい。

 ただし、下落基調の続いていた大手銀行など内需関連のリバウンドは、先回り的な動きから売り方の買い戻しなどもあったとみられる。これに値ごろ感からの買いが加わっていたとすると、ただでさえ4月の高値期日による需給懸念が警戒されているため、短観発表後の一段高への期待はあまり大きく持たない方がよさそうである。4月の高値期日による需給懸念のほか、ラマダン入りによるオイルマネー流入も期待できず、野村不動産HDなど大型IPOなども控えているため、先高期待を強めるというよりは、リバウンド一巡による調整相場を想定している。アイランドを確実に消し去った後に、17000円および4月高値の17500円レベルを意識したい。

☆ 物色対象の変化については,注視している銘柄は,日立製作所NECソニーというここのところ冴えない三社並びにソフトバンク楽天ACCESSあたり。後者は出来高がある程度継続的に捕捉できる(各市場売買高上位の常連)ことがその理由。低位では相変わらずの三洋電機沖電気ケンウッドクラリオン低迷2銘柄も追加かな。それからパイオニアビクターが抜け出せたかどうかも確認すべきところ(ここに先週1,200円ドタまで落ちて来たアルプス電気あたりを加えてもいいだろうか)。

☆ 逆に勢いがつくのかどうかを見るには,先週身軽にしてしまった(自爆)重工川重石川島の7010番台トリオ。あとは正直,ワカラン。ただ,村瀬氏が言うように短観発表後の一段高への期待はあまり大きく持たない方がよさそう。そんなに相場は単純じゃない。(;^_^A

【注意】

ここに出てきた個別の銘柄に関して,あたしは基本的にポジションを明らかにすることはしません。買っているかもしれないし,全部売っているかもしれない。多少臭う場所はあるでしょうが,その辺はご勘弁を。m(_ _ )m

これは投資のウエブログという特徴上,どうしようもない制約であり,あたしにとっては守るべきルールそのものです。そういう訳で,このウエブログは,それを見た人の特定銘柄の売買に関しては全く感知致しませんし,そのことを期待も致しません。

万が一,そういう傾向が見られた場合には,この場所におけるこうした記事の掲載は継続不可能となってしまいますので,ご納得いただいた上で,ご参照いただければ幸いに存じます。

もっとも筆者は,この半年で11.58%負けているど下手糞でありますから,その点も十分に確認いただいた上で,皆様の投資生活の一助にしていただければと存じます。(^-^)ノ~~

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2006年9月28日 (木)

同和鉱業の株主安定化策と平等原則 感想

☆ これはアメブロのassetmentさんのブログからリンク元を辿ったもの。ビジネス法務の部屋というブログの9月3日号に掲載されている。ブログ内容は,企業法務の実務化向けの内容であるが,この問題は株式投資とも係わりがあるので読みながら考察してみたい。

☆ 日本経済新聞第43352号(2006年9月20日水曜日)第17面(投資・財務2面)に,この「問題」を特集したインタビュー記事がある。(聞き手:横山雄太郎)インタビューの対象は二人で,ひとりは同和鉱業の吉川広和社長,もうひとりは西村ときわ法律事務所の山口勝之弁護士。導入を決めた発行会社の代表取締役とスキームを考えた法律事務所の実務家という組み合わせは興味深い。

☆ 山口(勝)弁護士によるスキームの説明は以下の通り。
(1) 過去3年間,株式を長期保有したから新株予約権を無償割り当てするというわけではなく,9月30日時点の株主に株式数に応じて同じ内容の新株予約権を無償割り当てし,長期保有した株主だけが新株予約権を行使できるスキームだ。
(2) これ(注:平成18年9月30日=権利確定時期としては9月25日)以前に株を買う権利は平等で,それ以後に長期に持つかどうかの判断権も平等に与えられている。希薄化は限られ,無償割り当てを受けた株主もそうでない株主も,不利益を蒙る恐れはない。

☆ 早速,山口利昭法律事務所のウエブログ「ビジネス法務の部屋」(2006年9月3日(日))を読む。まず議論のスタートとして山口利昭(以下「山口(利)」)先生はこう始める。

> 同和鉱業(株)が、3年間継続して株式を保有した株主に行使を認める条件付きの新株予約権(保有株式1株につき0.05株)を11月に無償割当されるそうです。「株主還元策」ということですが、実質的には「株主安定策による敵対的買収防衛策」といった意味合いが強いのかもしれません。いろいろなブログを拝見しましても、また株価動向を見ましても、株主還元策としては画期的であり注目に値する、とのこと。持株会社制への移行の時期とも合わせた公表タイミングもあって、比較的評判がいいみたいです。
> そもそも「3年間保有した株主だけに行使を認める」という行使条件付きの新株予約権の無償割当というのは、株主平等原則に反することにはならないのでしょうか。
> 会社法では109条で平等原則が規定されておりますが

=【参考】会社法第109条(株主の平等)
第1項 株式会社は,株主を,その有する株式の内容及び数に応じて,平等に取り扱わなければならない。
第2項 前項の規定にかかわらず,公開会社でない株式会社は,第105条第1項各号に掲げる権利に関する事項については,株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができる。
第3項 前項の規定による定款の定めがある場合には,同項の株主が有する株式を同項の権利に関する事項について内容の異なる株式とみなして,この編及び第五編の規定を適用する。=

> 企業の資金調達の多様性を重視する立場から、あまり平等原則を厳格に考えることはせずに、合理的な範囲での取り扱い上の差別化は許容範囲にある、とみる見解が通説的だと思われます。

> ただ、なにが不合理な取扱に該当するか、といいますと、たとえば支配株主が多数決原理を濫用して、少数株主に不利益を与えるような取扱などは、許容されない平等原則(つまり平等原則違反としての不公正発行)に該当する可能性があるようですね。

> このあたりは昨日発売されました江頭憲治郎教授の「株式会社法」124頁から126頁あたりでも、「株主平等の原則とその限界」「株主の義務-誠実義務」あたりで少し論じられているところであります。

☆ この指摘に対して,制度設計者である西村ときわ法律事務所の山口勝之(以下「山口(勝)」)弁護士は前記日本経済新聞のインタビューの回答としてこのように回答する。

>「過去3年間,株式を長期保有したから新株予約権を無償割り当てするというわけではなく,9月30日現在の株主に株式数に応じて同じ内容の新株予約権を無償割り当てし,長期保有した株主だけが新株予約権を行使するスキームだ。これ以前に株を買う権利は平等で,それ以後に長期に持つかどうかの判断権も平等に与えられている。希薄化は限られ,無償割り当てを受けた株主もそうでない株主も,不利益を被るおそれはない」

☆ 山口(勝)先生の回答は(はは。。。同姓だからメンドーだな^^;),山口(利)先生の指摘を意識した質問に対するものだけあって論旨明快だ。ただひとつ引っ掛かることもある。平等を論じる対象となる株主についての理解に行き違いがあるのではないか?

☆ 制度設計した山口(勝)先生は,あくまでも本件(株主に対する新株予約権の無償割り当て)そのものを基準とし,対象となる株主の確定日(9月25日)からほぼ1ヶ月の「通知期間」を設けているから,その間に同社の株主になって新株予約権無償割り当ての対象となるかならないかは,各投資家の「自由だ!」なのであるから(笑)株主平等原則には触れていないという見解なのだろう。これに対して問題提起した山口(利)先生は,「基準日」ともいえる9月30日に株主だった人とそうでなかった人(後から株主になった人)との間の平等を問うている気がする。

☆ このように3年間保有したから新株予約権が発生するということの是非を問うている山口(利)先生と保有の前提となる「基準日」に株主であるかないかについては事前に「公告」しているのだから平等に反しないという山口(勝)先生との認識は,最初からすれ違いの感がある。ところで株主とは投資家でもあるから,投資家という「現金な存在」の立場からは,こんな疑問もある。3年間保有したことをどうやって証明するのか?

☆ この間の抜けた質問への回答は「それは実質株主名簿を見る以外事実上方法がない」ということになるのは百も承知だ。要するに自分の手元に名義書換を済ませた株券を持っておく人やそれを証券金融に持ち込んだり,信用の担保にする人のことは両先生とも考えてはいないだろうということ。勿論,証券金融会社や証券会社がカタに取った株券を名義書換し(保管振替機構の自社名義口座に入れ)た瞬間に,元の持ち主の権利は消滅する筈である。。。が,名変はともかく実質株主の場合,実務上それが確定するのは次の期末(基準日)ということになる。

☆ 我々でも優待取りでよくやるのだが,権利が確定した翌日に持株を売って(信用では売らない。この期間の逆日歩が結構な金額になることは寅年の獅子座マーケットコメントにもあるけど^^;)また次の権利確定日以前に同株数以上買い戻したらどうなるのか?こんなセコイことを法曹家は考えないだろうが,投資家とはそこまで考える種族なのである(苦笑)。

☆ しかしそんな門外漢のおバカな疑問と関係なく,山口(利)先生の考察は続く。

> そもそも会社法は法定保有期間要件(差止請求権を行使できる株主の保有期間要件など)を個別に規定して、その平等原則の例外を定めているのでありますから、法定されていない場合の持株数に比例しない株主の権利の差別化は認められない、といった理屈も成り立つのかもしれません。

> もう少し実質的に考えてみますと、保有期間3年で新株予約権を行使できる、という条件で毎年一回、同じ比率で割当を続行するとして、全株式の半分に該当する株式は流動性があり、半分は支配株主がそのまま保有した場合には、10年後には支配株主は約58%の株式を支配できることになり、20年後には約68%を保有できることになります。

☆ この議論は,山口(勝)先生に対するインタビューでは触れられていない。あくまでも投資・財務面からの考察であるから仕方がない訳だが,企業法務の実務として考えた場合には興味深い。投資家は上に書いたように,自分の都合で長期保有をあっさり短期で売ってしまう(昨日のあたしもそれ^^;)。また買い戻すからいいさなどとお気楽に考えているが,実際にはこれがなかなか難しい。昨日書いたおばちゃん投資家ではないが,投資家ほど目移りの激しい浮気者も少なくないからだ。しかし,これが政策投資先だったり持ち合い株主だったり親会社だったらどうなるか?

☆ 彼等には株式を売却するというインセンティブは働かないのだから,保有期間が長くなるほど新株予約権無償割り当ての対象は増加し,それを行使しない手もないだろうから,それが続く限りそれこそ「転がる雪だるま」状に保有株数は膨れ上がっていくことになる。

> たしかに、どの株主でも3年間保有すれば新株予約権を行使することができるわけですから、経済的な利益という面では平等に取り扱われている気もしますが、会社を支配しうる株主とそうでない少数株主とでは支配利益という意味でいえば長期保有へのインセンティブには大きな違いがあるわけでして(そもそも1億円ほどの株式を保有している場合でも、3年度に同じ株価であっても500万円分ですから、これが短期売買を目的とした人たちに長期保有を勧めるだけの動機付けになるのでしょうか。

☆ そう考えると山口(利)先生のこの指摘は全面的に正しい。だが,山口(利)先生は続けてこうも書く。

> やはり会社支配の意欲が上乗せされていなければそうそう長期保有を決定付ける理由にはならないようにも思えますが)、そうであるならば(これが一回かぎりのお祭り行事ということでしたら別でありますが)この無償割当は少なくとも支配株主による資本多数決濫用のおそれのある制度ではないかな・・・・・とも思ったりします。

☆ ここがポイントだと思う。同和鉱業が今回実施したのは「一回かぎりのお祭り行事」なのか否か。どうもそうじゃないのかなという感じがするのだ。というのは,山口(勝)先生はこうも答えているからだ。

>「新株予約権の行使で大量の1株未満の端数が出て,株をもらえる株主と,そうでない株主がいるといった不平等が生じるのが心配だった。そこで端数は現金処理で対応し,株自体は手にできない株主でも端数に見合う現金を受け取れるようにして財産的価値の点で平等になるようにした。」

☆ このニュアンスからは継続的な実施の気配はあまり感じない。また,山口(勝)先生と同じ記事のインタビューに答えた同和鉱業吉川広和社長はこのように指摘している。

>「当社を長期間支援してくれる応援団を確保するのが狙いで,配当とは意味合いが違う。最終製品を作っていないので株主優待もやりにくい。何か新しいことをやってみたいという気持ちもあった。」
(買収防衛策ではないのかという質問に対して)
>「個人株主や安定株主が増え,結果的に防衛効果が出ることは経営者として期待しないわけではない。ただこのスキームを防衛目的に使うのなら3年保有で5%程度の還元ではなく,5年保有で20%還元にするといった方が効果的だ。いずれそういう使い方をする企業が出てくるだろう。」

☆ うーん。ここはホンネが出てるなと思う。また「5年保有で20%還元」というスキームは,山口(利)先生の発言を借りれば「たとえば支配株主が多数決原理を濫用して、少数株主に不利益を与えるような取扱などは、許容されない平等原則(つまり平等原則違反としての不公正発行)に該当する可能性があるようですね」という感じがする。

☆ 最後に「株主優待制度」についての指摘を。まず,山口(利)先生。

> 株主優待制度というものは、あくまでも株主への経済的利益の平等配分の是非が問題となっている点で、また同じく株主還元策といわれている「自社株買い」というのは、あくまでも法令で認められている制度を利用したものである点で、こういった長期保有株主だけに株式を付与する制度とは異なるもののように思いますが、いかがでしょうかね。

☆ これに対する山口(勝)先生の意見。
(単純に株主優待にしなかったわけは)
>「優待制度は多くの企業が導入しているが,会社法上許される範囲に限界があるのではないか。優待を定める法律はないが,あえて解釈するなら(注:今回の新株予約権無償割り当ては)現物配当の一種。配当ならば株主総会の決議が必要で(注:旧商法と思われるが?)持ち株数と正比例しなければならない。一般的な株主優待は必ずしもそうなっていない。保有期間に応じて異なる内容の配当をすることも会社法上禁止されている。」

☆ うーん。最後まですれ違った議論と感じるのは,あたしだけ?

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店頭に行ってきました

☆ 昨日,午後から休みを貰ってポジションの整理のために久しぶりに証券会社の店頭に行った。今はネットトレーダー全盛で,店頭には,お馴染みのやや高齢化が進んだ相場名人おばちゃんといった店頭な人々が顔を揃えていたくらいなもので,実に静かなものだった。店頭は静かだった。。。さり気なく書いたが,昨日の上昇本質は案外にこんなところにあったのではないかと思っている。出来高をみても不足感があるし,何より先物押し倒して強引に持っていった(その途中で帰ったのだが(;´▽`A``)大引けにかけての動きが自ずから語っているような感じがする。(まあこれは昨日の上昇相場に売りをぶつけた人間の繰り言であります(^▽^;))

☆ 相変わらずおばちゃん投資家は同じようなことばかり叫んでいた。昨日の相場だったら,鶏インフルエンザで盛り上がっていた富山化学とかね。。。バフェットの言うミズ・マーケット地で行くような活躍ぶりだったσ(^_^;)。こういう人を見ていると思うのだが,絶対に成り行きをしない。毎日店頭に来ている(んだろうが。。。)投機家だったら,投機をすべきなんじゃないかと思う。投資だったら別に毎日店頭に来る必要はない必要な時にもしくはそこでしか買えないという制約の中でも,買うべきものを買うのが投資であり,売るべきものを売るのが投資という。

☆ 一日の相場の中で材料を見つけては,それに右往左往されることなく売り買即断していくのが投機である。投機である以上,外れたと思ったら同じけの速さをもってポジション閉じなくてはならない。それが出来ないのなら投機なんかやってはいけない。そしてそのどちらも出来ないから,おばちゃんや相場名人は毎日,証券会社の店頭にやってくるのである。

☆ もうひとつ分ったこと。かつてあれだけ威力を誇っていた「選択テレビ」が時代遅れになりつつあること。ハッキリ書くとCSKマーケット・ビューアに明らかに劣後している。あれがあれば十分だから,店頭行かなくても発注には何の苦労もない。そしてCSKマーケット・ビューアだったら大手証券取引出来れば(=口座さえ開ければ)誰でも見ることができる。なるほど,店頭に行く人などいなくなるわけである。

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2006年9月25日 (月)

落魄

☆ 正直に言って,この人物について今ごろ何を言えばいいのか良く分からない。ただハッキリしていることは「投資ジャーナル」というテレビCMまで派手にやっていた投資会社(という名の大規模詐欺)の主役がこの人物であること,出所後も何度となく仕手筋との係わりが噂されたものの,逆にさる筋の追い込みにあって生死不明だとか死亡したなんていう説も何回も見たということ。。。そんなところである。他にもあるが絶対に書かない。

☆ 衆人環視の中で斬殺(惨殺でもある)された豊田商事の永野一男ほど悲惨ではなかったが,だからといってその落魄に差があるとも思えない。今日の所はそれ以外に適当な言葉が思いつかない。。。そしてそうした屍(失礼な言い方をお許しいただきたい)を乗り越えて今日も明日も非情に続いていくのが相場というものだと思う。


<放火未遂>自宅に灯油まく、元投資会社会長逮捕 滋賀


 滋賀県警近江八幡署は22日午後1時15分ごろ、同県近江八幡市、元投資顧問会社会長、中江滋樹容疑者(52)が自宅1階に灯油をまき、火を付けたとして、非現住建造物等放火未遂容疑で現行犯逮捕した。中江容疑者は85年、投資家から約18億円を詐取した詐欺容疑で逮捕され、89年に懲役6年が確定、服役した。
(毎日新聞) - 9月22日22時26分更新


中江滋樹 トンデモない近況


ゲンダイネット
http://gendai.net/?m=view&c=010&no=18347

 85年に巨額詐欺で逮捕された「投資ジャーナル」の中江滋樹(52)をご記憶か。今のホリエモン並みに世間を騒がせた「兜町の風雲児」が20年の歳月を経て、意外な事件で再び現れた。投資絡みではなく、放火未遂で捕まった。当時も靴のかかとを踏みつぶして歩く姿が話題を呼んだが、逮捕後は海外逃亡、精神科入院など流浪の生活。3年前から滋賀の近江八幡の実家で「オウムの麻原彰晃そっくり」の汚さと犬のフン投げなどの奇行で近所では評判だったという。

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続・不適合営業おばちゃん=1=

☆ 先日(って相当前だが^^;)一度紹介した「不適合営業おばちゃん」。その御仁が持ち込んだ商品の設計が分かったので,ここで紹介したい(爆)。

(1)フロア&キャップ付 ターゲット・リデンプション型 為替連動債

フロアとは下限金利キャップとは上限金利のこと。
ターゲット・リデンプション型とは,金利の総額一定水準達したら強制的償還されるということ。
為替連動債とはある一定の日為替レートによって,その日が属している期間利率決まる債券という意味。

☆ 要するにこいつはストラクチャード・ボンド仕組み債)であり,債券の皮を被ったデリバティブ合成モノがその正体なのである。もう少しその商品設計を見てみると,こうなる。

① 発行日 2005年某月某日(償還日は何とその30年後!>_<)
② 通貨 ユーロ円(いちおう円建てなので,為替差損の可能性は形式上消える^^;)
③ 利率 当初1年間 3.00%
      その後29年間 金利上限3.00%~下限0.10%
④ 利息計算式 1.00%×(S-設定為替) !

※これだけでは何のことだか理解できないでしょうから,一つずつ解いてみると。。。
A)設定為替101.20円(ちなみにこの時の直近為替レート107円台なので,そこから6円下駄履き(見かけ上足切りだが^^;)となっている。この下駄バッファとして機能するかしないかがこの商品の勝負ポイントでもある(^^;)。

B)利決め日の為替レート。正確には次のようになる。○ 各利払い日10営業日前のロイターJPNU,午後3時の円/USDミッドレート
※わあ格好良いのキタ━━━(゚∀゚)━━━!!! じゃあなくって,これは簡単に言うと
利払い日10営業日=土日休日を除く=の日。午後3時現在でロイター発表しているドル円外為取引の仲値(ミッドレート)」のこと。一番近いイメージはちょうどその放送されているNHK定時ニュース最後に出てくる「東京外国為替市場1ドルなんたら円何銭からなんたら円何銭」の真ん中(足して2で割る)の値。。。のようなもの。

☆ ということは,式を見れば分かるが,1.00%×(S-101.20) だから,(=ドル円レート)が101円30銭よりも円高になれば1.00×(101.30-101.20)=0.10%フロア下限金利)に達するので,これ以上利率は下がらない。逆に104.20円以上の円安の場合は1.00×(104.20-101.20)=3.00%となり,キャップ上限金利)となる。ちなみには間違いなく104円20銭よりも円安なので,このままだったらずうっと3%の金利収入が入ることになる。。。。。

☆ この仕組み債は「ターゲット・リデンプション型」である。リデンプション(Redemption)とはつぐない(♪テレサ・テン^^;)とか償還という意味で,金利の合計元本(額面)に対して一定の割合(金額)に達したらそこで(利払いと同時に)償還となるように設計されている。設計を見ると受取利息の合計額面の9%になったら償還とあるから,このまま為替相場利決め日に一度も仲値104円20銭を下回らなければ3年後には無事償還おめでとう!ということになる仕組である。

☆ 発行者にとってこの仕組み債のメリットは何だろう?最短で3年満期クーポン(利率)3.0%の単利の債券を発行したようなモノであるが,為替次第満期ズルズル延びるというのが可能性としては考えられる。しかし,それ単独で何のメリットがあるのかは良く分からない。言い換えれば何か他の商品とペアになっていて,その商品で取っているポジションヘッジするために使えるオプションをいじって加工したのがこれじゃないかという気がする。

☆ 非常に悪いけど,おばちゃんにこの商品の説明ができたとはとても思えない。せいぜい最初は3%も利率がありますから程度の話しかできなかったんじゃないのか?GNN(義理と人情と浪花節=野村證券の小タブの造語)で売るには手数料も美味しそうな商品だが。。。ヽ(`Д´)ノ

☆ さて,GNNだろうが押し込み販売だろうが,まずは商品が売れればいいのであるからこの成功に気をよくしたおばちゃんとその上司は,このあとに㌧でもない商品を持ち込むことになる。
=以下続く=

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2006年9月23日 (土)

ウチ目均考(13)~砂上の楼閣WEB2.0

☆ 毒にも薬にもならないという言葉があるが,WEB2.0という概念似た売り物は,サッカリンのようなものだ。あたしは有害だと警告している。この光景は既に6年前に見て来た。同じようなことを繰り返す,まるでアナログ盤の針飛びみたいなちゃちな詐欺が何で持て囃されるのか?全く理解できない。

☆ ここは気をつけて欲しいのだが,あたしは情報技術存在そのものを否定しているのではない情報技術革命というものは確かにあった。それは,あたし達がこうやってWEB上にコミュニティを作り,小なりといえども自分の考えをキチンと発信する手段を持ったという事実があるからだ。

☆ ただそこまでは情報ツールの話である。これをいかに商業ベースに乗せるのかが,ここまでのインターネットビジネスの興隆だった。コミュニティ,つまり人間(参加者)の集積をベースに商業展開を考える。これを第一世代と呼ぶのは便宜的な分類に過ぎない。つまりツールをどのように商業ベースに乗せるのかは,商業の基本的課題であり,WEB2.0なんて名前をつける前から存在していたし,これからも存在し続けるのだ。

☆ 有り体に言えば,WEB2.0なんてのは,勿体をつけた「あかんたれ」に過ぎない。バカバカしいが,それが市場のテーマになるのであれば,をつけて構えておくべきだ。必要なのは,その技術(商業モデル)はコモデティ化しうるのか?そうなった場合にも採算性を持ちえるのか?そういった事だけだ。そうでないのなら手を出す必要もないし,好きにすればいいと思う。

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2006年9月22日 (金)

ちぃっと疲れました

コメント有難うございます。

一日リフレッシュして(仕事しますが--;)

コメントは今晩以降にお返しします。(^-^)ノ~~

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2006年9月21日 (木)

凧の糸と相場の金は出しきるな

LION&PELICAN LION&PELICAN

アーティスト:井上陽水
販売元:フォーライフミュージックエンタテインメント
発売日:2001/05/30
Amazon.co.jpで詳細を確認する

☆ 陽水が「ワカンナイ」という曲を作った時,宮沢賢治を悪し様に言う意図はなかった。陽水にとってワカンナイものは「雨ニモ負ケズ」でもそれを書いた宮沢賢治でもなく,彼(賢治)の無私の思いが伝わらないこの世の中なのである。そういえば『ライオンとペリカン』は今思うと名曲揃いで「とまどうペリカン」とか「愛されてばかりいると」(シングルヴァージョンの方が好きだけど),「リバーサイドホテル」「背中まで45分」そしてこの曲と入っている。

☆ ところであたしがワカンナイのは相場の方で,いつもいつも空気の抜け始めた風船のような展開になるのは,市場の中に弱気派がだんだん増えてきたのじゃないかという疑念を持っている。別に誰が弱気に追従しても構わないのだが(この辺りが「ポジション・トーク」ですぞ,皆様(^^;)。),弱気展開の「」は何かを考えても全くワカンナイ状況なのだ。

☆ 本当は業績相場が続いていいはずである。ただ昨年に比べて半分以下の出来高が示すように,市場参加者の意欲はどんどん減退している感じがする。中間期末を控えてということであれば,去年の状況はどう説明する?次はどれだ的な相場展開が見えなからワカンナイのである。だから。。。(タイトルに戻る)

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2006年9月20日 (水)

ここは森の中

☆ 熊さんが多過ぎて。。。

(恒例のポジショントーク)

☆ 相場の顔つきが良くないと思わないか?上げ材料を探しては突進するものの,立ち会いに変化をかまされ,あっという間の送り出し。こんな相撲ばかり毎日取っているのでは「満員御礼」には程遠いだろう。

☆ ファンダメンタルズが悪化しているのではなく,ファンダメンタルズを先取りし過ぎたから,材料消化が続くことになる。ファンダでは突破できない相場なら,いきおい材料株か仕手株の腕力相場ということになる。でも腕力相場が威力を発揮できるのは,市場参加者がオーバーナイトでも打ち込んでみようと思うような銘柄が出て来た時に限られる。

☆ ミクシィを見れば分かるように,こんな地合いで材料を担ぎ上げるのは相当難しい。日経の相場欄に出てくる業界筋だって醒めたコメントしか載せないだろう。それは安い手数料を背景にしたデイトレードが逆効果として作用しているからだ。プロは先物を使って売り仕掛けを狙う。債券と組み合わせる裁定取引だから取りっぱぐれはない(かもしれない)。損をするのは片手で株式のトレードで精一杯の素人ということになる。

☆ さて改めてあたしのポジションで考えると,信用をやらない以上売り場にもなく,このまま洞ヶ峠の筒井順慶を気取るしかないということになる。

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2006年9月18日 (月)

株式ウエブログでこれだけはやってはいけないこと

株式投資これだけはやってはいけない Book 株式投資これだけはやってはいけない

著者:東保 裕之
販売元:日本経済新聞社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

☆ 著者の東保氏は日経CNBC「TOKYOマーケットEXPRESS」の夏休み特集にも出演していたが,基本的な考え方が一貫しているので参考になる部分は多かった。

株式のウエブログを書いている人最も読んで欲しいのは,第4章4「見栄と意地は証券投資の大敵」(P.160~169)。その中でも印象的だった部分を引用したい(P.166)。

>ちなみに山一證券で最も腕の良かったディーラーE氏は,相場コメントを求められるとそれなりに親切に答えていたが,実際の売買は自分の前言と反対のことを平気で実行していた。本人いわく「さっきはそう思ったが,今は違う。それに相場観はあたり障りなく言ってあげれば相手も安心するだろうが,自分のポジションについては自分の責任で対処しなければいけないから過去の発言とは別だよ!」。

☆ これを不誠実な発言と思うのは,残念ながら相場がわかっていないことになる。むしろ誠実な発言だろう。ディーラー自分のポジションとの勝負であり,相場解説はストラテジストの仕事だからだ。売り買いの状況を見ながら臨機応変に立ち回らなければディーラーは務まらない。この本の中にも端末入力の訓練をするディーラーチームのエピソードが出てくるが,そういう職業であるという厳しさを感じて欲しい。

☆ では逆にマーケット面に載っている日経の相場コメントはどんな役に立つのか?それは前日の相場の雰囲気断片的に伝えるものと割り切って見ればいい。同じことはクロージングベルTOKYOマーケットラップなどの相場コメントでも同じだ。あくまでも全体相場の中の一部分の感想がそこにあるということだ。

☆ 自分のポジションや相場観をウエブログに書くのは,自分自身のポジションの心理的な整理になる。だがあくまでもそれは自分のポジション・トークであることを忘れてはいけない。他人のウエブログにコメントを書く時も同じで,出来る限りポジション・トークとして話すことを断っておいた方が良いと思う。

☆ あたしが基本的に自分自身のウエブログに個別銘柄の話を書かないのは,そういう理由がある。そこに書いたことで自分自身の判断を狂わせたくないし,それに縛られたくないからである。言い替えるなら銘柄の当て物で生きていけるほど相場は甘くないということは,あたしにとっては常識であるからだ。

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2006年9月16日 (土)

日本経済新聞第43347号(2006年9月15日金曜日)経済教室「公的資金完済・新しい銀行像」への反論

☆ 苦しくなったら日経の本紙に出てくるところまで加藤(アキラ)にそっくりだな,アトキンソン。お前のおかげで日本の個人投資家は銀行株でどれだけの損害を蒙ったか,今から熨斗をつけて叩き返してやるから,せいぜいその眠たそうな目をしっかり見開いてこの駄文を読むことだな。

☆ 経済教室は長文だが,要旨は右側に書かれた要旨はこうなっている。

「欧米の銀行に比べて邦銀の収益性が見劣りするのは,日本の銀行数が多く,過当競争になっているからという見方がある。しかしこれは正しくない。リテール業務の深耕が求められる中で,人員も店舗も少なすぎ,顧客基盤が狭すぎるのが主因である。」

☆ なんのことはない。日頃アトキンソンがGSのアナリストレポートに書いていることの焼き直しに過ぎない。いつだったかのレポートには(あたしには事実とは思えないのだが),アトキンソン自身が用向きで出掛けた銀行の窓口で非常に長い時間待たされたという体験談まで書いていたことがあった。

☆ ところでアトキンソンのいう「銀行」とは,どういうものであるのか?現在の欧米銀行の主要業務がかつての商業銀行タイプから投資銀行タイプに大きく変わっていることは疑う余地もない(J.P.モルガンとHSBCを例にとれば解るだろう)。銀行の収益源は手数料収入,それも様々な金融工学を駆使したレベルの高いディールによるものにウエイトがシフトしている。リテールを軽視するのではなく,リテールにかけるコストを極限まで減らそうとしている。この場合リテールそのものを縮小するのではなく,先に挙げた金融工学に基づく収益モデルをリテール分野に適用することと,ネットバンキングのような省人化モデルによりコストの合理化を図ること,それが出来ない分野は,例えば口座維持手数料のような形で小まめに収益を上げることがリテール分野での彼等のアプローチであるように思われる。

☆ 更に言えば,プライベートバンキングのようなフィナンシャル・アドバイザリーもまたリテールの中で重視すべき分野である。先日野村證券がSMA口座の小口化を行うような内容の記事が日経に出ていたが,あれも単純に間口を広げているのではなく,資産規模に応じた別個のスタイルのSMA口座を取り扱うことで,富裕層だけでなくその予備軍を獲得しようという目論見であることは疑う余地もない。

☆ 翻ってアトキンソンの論旨を見ると,まず時代認識として「主要行(メガバンクを念頭においているものと推定する)各グループの利益ベースが拡大したことにより,利益成長は格段に難しくなっている」から「成長維持にはこれまでにない戦略が求められ」るという。では戦略とは何かというと「銀行は提供するサービスを拡充して顧客資産の効率を高める戦略を構築する必要が」あり,それには「ビジネスモデルを人材集約型の戦略に転換する必要があ」るという。これは殆ど結論のようなもので,ここからはどうしてこの結論を導き出したのかという理論構築になっていく。

☆ 邦銀が人材集約型になるのかどうかは銀行経営者が考えればいいことだが,それは邦銀の活動範囲を国内に限って話しているのか,それとも海外展開について念頭に置いているのかで,結論が大きく異なってくることを指摘しておかなければなるまい。

☆ 1990年代初め,シティバンクは不動産融資等の失敗で経営危機にあった。当時の会長ジョン・リードはこれに対して行ったことは,投資銀行業務からの撤退と消費者金融への集中だった。ここでいう「消費者金融」は勿論リテールではなくコンシューマー・ファイナンスである。つまり今でこそメガバンクの雄であるシティ・コープもリードが立て直す時期においては,金利の利幅が取れるコンシューマー・ファイナンスを主軸に据えたのである。

☆ アトキンソンがそういう論点からリテール拡充と言うのであれば,それはそれなりに説得力があるようにも見える。反面,三菱東京UFJはアコムをグループに取り込んでいるし,三井住友はプロミスやモビットを使いこなそうという意図が見える。その時期に消費者金融のグレーゾーン規制が政治問題化したことは,このことと関係が無い訳もなく,世の中の事態の方がアトキンソンの提案の先を行っている観が無くもない。

☆ ここから先のアトキンソンの議論はある条件を考えた場合,滑稽としか言えない。その条件とは,1980年代後半以降の米国におけるメガマージャー(金融大再編)とそれが引き起こした欧米銀行の再編だ。この議論についていちいち反証を挙げる気がしないのでもう書かないが,それぞれの銀行が合併や買収によって拡大した基盤をベースにして議論を進めるのは,銀行株アナリストとしていかがなものかとは指摘すべきだろう。

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2006年9月13日 (水)

つらつらと

☆ つらつらと相場を見ていると,やっぱり勢いがない。いま上がっているのは,エルピーダ(増資の時にあれだけ叩いたのは,いったいどこのアナリストだったのか?),SUMCO(昨年大型上場時に早売りした値段の二倍になっている--;),NECエレなんてところ。資源株や鉄鋼株,船株当たりが上がりだした時に全然見向きもされなかった集団。この辺まで上がってきたら相場はひと回り終わったのかもしれない。

☆ 大勢・中勢は上げ相場という見方に異論はない。だが,どうも相場は下げたがっている。いや正確には(ポジション・トークであるあたしを別にしても)下げたがっている向きがいるようだ。そんな訳でいまひとつ強気になれない。ミクシィの上場で明日は少しは賑やかなんだろうが(幾らなんでももう1円の売り注文とか出すなよ。あと155万株の買い注文も^^;),いずれにせよ。連休前の相場に整理をつけたい向きがいるようで,パッとしない展開になるんじゃないかなあとすっかり弱気の虫の大合唱に飲み込まれている今日この頃でありますた。(^^)

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2006年9月11日 (月)

ストラテジストは,かく語りき。(その2)

☆ ストラテジストの話を進める前に,アナリストの仕事について書いておこう。アナリストは名前の通り分析者という意味だが,何を分析するのか?それは企業であり,その業績である。具体的な例として日経CNBCで平日の昼放送している「TOKYOマーケット・Express 」の「中・小型株解説」コーナーをみる。ここではまず,対象となる企業がどの業種に属し,どういった業務分野で構成されているかを紹介する。そこでは売上高による構成比率,利益による構成比率,業界内の地位などが示される。これらは対象企業についての基礎的な分析だ。

☆ 次に,ここからがこのコーナーにおけるアナリストの仕事の分野なのだが,各アナリストが注目する業務分野,製品(商品)等を例示し,その理由を示す。そしてその分野・製品の今後の売上げ動向を予測し,対象企業業績に与える影響を分析する。こうしてアナリストは,彼等の見立てた材料に基づく対象企業の将来動向(成長過程)をシナリオで示し,そのシナリオに基づく株価に対して現在の株価(=企業評価)がどういう位置にいるか,その結果,予測に基づけば,どの程度の株価があっても市場平均株価収益率維持できるかを示す。これがアナリストの予想株価であり,現在の株価と彼等の成長シナリオに基づく将来の予想株価との差と市場全体の成長率とのパフォーマンスとの差をもって株価格付けレーティング)を示す。こういう仕事を行っている。

☆ ただ,「中小型株解説」コーナーは9分弱しかないから,アナリストは自分のシナリオの中で最も強調したい部分を中心に解説し,そのシナリオに対するリスク要因は最後に例示的列挙するだけにとどまることになる。バラ色のシナリオに見えるのは仕方ないところだが,重要なことはレーティングやTP(目標株価)そのものではなく,そこに至るアナリスト各人の分析シナリオの巧拙なのである。残念なことに今の市場結果しか見ていないから「○×証券(のアナリスト)が◆◇銘柄の目標株価を△▲円にしました」という「事実」だけがマーケット・ノイズ(それもある程度強力もの^^;)として市場に飛び交うことになる。

☆ ここで強調したいことを再度書くが,アナリストレポートの価値結論部分(レーティング・目標株価)にあるのではなくそこに至るシナリオの巧拙にある。巧拙とは,その企業や製品に関する評価のポイントシナリオの描き方シナリオ中におけるリスク要因の分析(が十分になされているか),そしてシナリオ自体の検証。この四点に尽きる。だからマーケットノイズ的に「銘柄何某に,どこそこ証券のアナリスト(肝心のアナリストの名前すら出て来ないのが現実だ^^;)がレーティング何とかをつけ,目標株価を幾らにした」という記事で動くのではなく,日頃からどのセクターのどの銘柄に誰が通常,評価をしているのかに興味を持った方が良いと思う。

☆ そのことは同じひとりのアナリストのレポートを読む場合に,大きな差になって現れる。彼がどういう銘柄を評価する傾向があるとか,会社の都合でコロコロ推奨銘柄を変えるなどといった事実がそこから浮かび上がってくるからである。そしてこうした評価方法は基本的にストラテジストの評価についても有効である。

=続く=

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2006年9月 8日 (金)

ストラテジストは,かく語りき。(その1=はじめり)

【トリセツ】

☆ 本稿は,証券会社のストラテジストや彼らの言説どのように付き合っていけばいいかを考えるために書かれたもので,どう間違っても「あたし=ストラテジスト」と誤解されぬよう,ひとえにお願い致します。m(_ _ )m

【本文^^;)】

☆ 品格論ではないが,格調あるタイトルは平易にしない方が良いと思う。「ツァラトストラはこう言った」。。。では,ニーチェもガックリ来るだろう(笑)。もちろん本文は平仮名・現代仮名遣いで構わないのだが,タイトルくらい文語でもいいじゃないかということで。。。

☆ とまあ,キューブリックもヨハン・シュトラウスも影も見せないまま,枕を切り上げて(^▽^;)本題に入る。ストラテジストというのは直訳すれば戦略家とか策士ということになる。戦略とは,戦争や社会運動等を行う上での長期的な計略のことで,より具体的・実際(実践)的なものである戦術よりも大局的・長期的なものをいう。

☆ 株式市場におけるストラテジー(戦術)を考える場合,相場がランダムウィーク(千鳥足)に喩えられることを思えば,長期的な戦略の立て方は注意する必要がある。よくある「長期投資とは何か」という議論を考えてみれば解るが,単に「値が上がらないからずっと持っておく」ことも長期投資ではないし,逆に「長期投資だから売ってはいけない」ということでもない。

個別株の投資ストラテジーの要点は「その銘柄を買った(売った)目的が果たせているのかどうか」ということで,これは言い換えれば,銘柄の「出口戦略」が整ったかどうかともいえる。この場合の「出口」は二箇所あって,ひとつは戦略を成功裏に終わらせた後の出口(つまり貴方の売り(買い)注文の相手の存在)であり,もう一つは「非常口」すなわちロスカット戦略ということになる。

☆ それでは,株式市場全体のストラテジーは何のために必要なのか?それは市場の体温を感じ取り,相場の冷却感,過熱感を読み取りながら,当面の自分自身の投資「戦略」を考える必要があるというところにある。株式市場において投資戦略を考えるべき時期は,たくさんある訳でもない。通常,市場は上げか下げかいずれかのトレンドに従って推移する。そこには銘柄材料(テーマ)や市場全体の指向,参加者の気分などのあらゆる変数が揃っており,それらはブラウン運動よろしく想定し難い動きを常に続けている。しかし,そうした気分株式指標の面から捕捉することは可能だ。出来高,売買高,値付率,騰落レシオ,売買高上位銘柄占有率etcそういった諸指標によって相場の雰囲気は何気なく漂ってくるのである。

テクニカル指標はこの雰囲気をさらに明確にする。ただテクニカル指標の中には同じ条件で全く逆の結論を導き出しうるものがあり(いわゆるダマシ),自分にとってどの指標をメインに使うかは,ある程度の経験痛い目に遭うことを含む)がないと身に付かないと思う。また,テクニカルの中には全体の戦略を考える時よりも個別の戦術を考える時に向いているもも少なくないので,最初に大局観としての戦略を持った上で,戦術を考える際にテクニカルを駆使するのが効果的なように思える。

☆ 投資戦略を考える時にファンダメンタルズはどの程度重視すべきか。これは難しい問いだ。よく「私はテクニカル・オンリーで,ファンダメンタルズは重視しない」と言う人がいる。結果的にはその通りなのだろうが,テクニカルが示す株価の「歴史」には,前提としてファンダメンタルズなどに基づく「銘柄の人気化」という事実があることを軽視すべきではない。テクニカルに現れるのは銘柄の人気・不人気の歴史でもあり,相場という長い直線上に現れる参加者の心理の反映でもあるのだ。

=続く=

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2006年9月 5日 (火)

ウチ目均考(12)~経済教室 新会社法と金融商品取引法 感想

経済教室 新会社法と金融商品取引法 感想
(日本経済新聞 第43338号(2006年9月5日)第27面 神田秀樹 東京大学教授)

☆ 日本経済新聞の社説に相応しい議論,問題提起だと思う。もっとも昨日指摘したように,斯界の権威の力を借りないと,これを書けないのが現在の日本経済新聞というメディアの実情である。

☆ 日経のことはどうでも良く,本論に入る。神田教授は,まず「新」会社法の考えていることは分量に比べシンプルであり,かつ世界の流れに沿ったものだと指摘する。会社法施行に伴う影響について教授は次の五点を指摘する。(1)組織形態と組織再編の自由度の高まり(2)機関設計の自由度の高まり(3)経営の透明性と説明責任の向上(4)会計の適正化の向上(5)大規模会社において内部統制システムが適正に機能すること。

☆ これを序論として,教授は「金融商品取引法(現:証券取引法。本稿でも以下「証券取引法」を用いる)」について論を進める。議論の前提として昭和40年代の粉飾決算事件(サンウエーブ工業事件,山陽特殊鋼事件,日本熱学事件辺りを前提?)との比較から,商法(会社法)による企業規律から証券取引法における投資家保護の裏面としての企業統治に重点が移ってきたことを指摘する。ここで教授は会社法と証券取引法を統合した「公開会社法」を作るべきだろいう意見を引用し,これに賛意を示している。

☆ 神田教授が指摘するように,今後は大企業(評者注:公開企業およびそれと同等のものと推定)にとって「証券取引法の重要性が格段に増す」ことになるし,仮に先ほど述べた「公開会社法」が施行されるとすれば,「公開会社の企業統治は証券市場が要求する情報開示・会計・監査・コンプライアンスなどの要求を確実に担えるものでなければならない」だろうし,「企業統治と責任体制についても,(中略)企業集団ベースでとらえるべき」ことになると思う。

☆ 神田教授が指摘するように,「会社法と金融商品取引法の施行は日本の法制度を世界に遜色ないものにするのに不可欠な改革である」一方,現在進行中の「イノシシ」裁判や「誤発注祭り」などに表層的に現れるように「株式市場の信頼を大きく揺るがす事態」が実際に発生している。この点でも教授の認識は明快で「株式市場は自由な市場であることを基本としながらも厳しい倫理と規律が求められる国にとっての重要な資産」だという。そして「その基本はそこに参加するヒト」であるから,株式市場について法がなすべきことは,「その信頼の回復・確保」であり「公正さと透明さを法が守り抜く必要がある」。そのためには「相場操縦やインサイダー取引その他の不公正な取引を法が厳しく監視・禁止し,受託者責任(業者が顧客に対して負う義務)を法が厳しく問うなど,法がもっと前面に出る必要がある」。

☆ 敢えて評するまでもない。ここまで明快な認識があれば,何のために資本市場が存在するのかといった根源的かつ皮肉な質問にも回答できるだろう。そして受託者責任を全うし得ない日本経済新聞社元従業員の不祥事に対しても,強烈な皮肉に聞こえるのだが。。。

☆ 興味深かったのは「最近の一連の詐欺的な事件をどう評価すべきであろうか」という後段。一部にある「規制緩和が生んだ弊害」という俗説を排し,「問題は,規制改革や構造改革「後」のルール不足だ」と指摘する。この「規制改革」とは神田教授なりの造語で単に緩和(=緩めた)のではなく,規制から自律へと制度を改革したのだという認識がある。

☆ 神田教授が言うように「市場の公正さを担保するに十分なルール」の整備とその実現(エンフォースメント=enforcement「法律の施行」などの意味を持つ)体制の確保が喫緊の課題」だ。特に現行制度の不備を突いたグレーゾーン金融工学を放置するのは,ある意味市場内「オレオレ詐欺」みたいなものだし,「会社ごっこ企業」の退出は資本市場の健全化には欠かせない。両者およびアナリストの「メーク・マーケット」問題は,いい加減で個人投資家(ひと握りを除く)保護を空文にしないためにも必要不可欠ではないかと感じる。

☆ このあとも重要な指摘がある。教授は「企業価値とは何か」とも書いているが,要は「株主の利益か従業員の利益か」「会社は誰のものか」という問題だ。これを言い換えると「株主の利益と従業員の利益がどこで両立しどこで両立しないのか」という事だという。

☆ 神田教授は一般解として「企業によりその置かれた状況により異なる」とし,続けて「企業統治の問題をどう受け止め,どのように対処したらよいのか」と言い換えたうえで「企業統治とは,不祥事を防止し,企業が繁栄するするための仕組み」「企業価値を高めるための仕組み」であるから,欧米に学びつつも日本流の「器用な」統治方法を作らなければならないとまとめている。

☆ これは非常に重要な指摘だ。デフレ期にムーディーズがトヨタ自動車を「日本的労使慣行に固執すること」を理由に格下げして物議を醸した。結論から言えば正しかったのはトヨタ自動車である。が,反面グローバル化の進展と共にトヨタ自動車にとっては生命線と思われる品質保証に綻びが生じているのも事実だ。こうしたところに日本流を求める難しさがあるように思う。

☆ また株主の利益については,たまたま先日の日経が紹介していたJ&J社の「我が信条」が参考になるだろう。「我が信条」では株主の利益は四番目に重要なものとされる。記事にもあるがそこにはこう書かれている。「我々の第四の、そして最後の責任は、会社の株主に対するものである。事業は健全な利益を生まなければならない。我々は新しい考えを試みなければならない。研究開発は継続され、革新的な企画は開発され、失敗は償わなければならない。新しい設備を購入し、新しい施設を整備し、新しい製品を市場に導入しなければならない。 逆境の時に備えて蓄積をおこなわなければならない。 これらすべての原則が実行されてはじめて、株主は正当な報酬を享受することができるものと確信する。」これ以上の回答があるだろうか? 

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2006年9月 4日 (月)

ウチ目均考(11)~犠牲バント失敗?

☆ 2ちゃんねるの攻撃用の落書きに「だめなやつはなにをやってもだめ」というのがある(これを直線等をを駆使してデカイ字で画面いっぱいに書きなぐる)が,ダメな組織は人が変わってもとことん駄目らしい。今朝来た日本経済新聞第43337号を読みながらつくづく思った。別に記事そのものに何か問題がある訳でもないので紹介するが,ひとつは5面(オピニオン)その名も格調高い「核心」欄。署名者は産業畑の編集委員からコラムニストに昇格した西岡幸一である。

☆ 西岡ほどの書き手でもオヤジギャグもどきの「半勝ち王子の犠牲バント」なんて,あたしらですら遠慮するようなしょうもないタイトルの記事を書くものかと呆れている。しかも残念な事にその視点は後で法務面に出てくる三宅伸吾の分析記事と似たり寄ったりだ。西岡が書きたい事を縮めて言うと,今回のTOBは経営者に「常在戦場」意識を植え付けM&Aを身近に感じさせたから犠牲バント程度の効果はあったということだ。

☆ だが本当にそうだろうか?西岡自身が途中書いているように「世界の製紙業界を冷静に見れば」王子の戦略(=まず国内の消耗戦を止める)が過ちと言えたか?昨年はフィンランドの製紙大手企業のストライキという需給要因があったにもかかわらず,市況軟化に歯止めはかからなかった。シンガポールのAPPはいつでも塗工紙を輸出可能な体制を東アジア圏内に築いている。王子,日本の両者が揃って中国進出に失敗し見直しを余儀なくされたのも昨年から今年にかけての状況だ。こんな状況で「犠牲バント」が及ぼす影響は,紙・パ業界に更なる競争を巻き起こし,消耗戦を強いるだけ以外の何があるのだろうか。

☆ さらに紙・パ業界の構造問題は,上流(生産)より中流(卸),下流(販売)にあることくらい,産業部の記者ならず商品部の記者にだって分かりそうなもの。それを議論の中に入れずにM&A状況の今昔物語など眠たい内容を書くのがコラムニストの使命なのか?

☆ もう少し「異論」を書くべきではないか?M&Aに関する分かり切った視点の話は三宅のていねいな分析で十分だ。西岡が大所高所というのであれば,産業として日本の紙・パルプ業界はこのままで良いのか,今回のM&A対抗手法は,理屈や感情論では正しくとも,この業界全体の問題としてはどうだったのか。それを東アジア全体で俯瞰して考えたらどうなのか?そういった視点から私見を書いて初めてコラムニストの名に値するのではないか。

☆ こうした全体を通観した総論は確かにコラム的には無難かもしれないが,そんなものを木鐸とは言わないし,言う資格もない。

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2006年8月29日 (火)

やっかいな相場考(2)~「秋の気配」相場

②「秋の気配」相場


☆ 別にわざわざ京浜東北線に乗って「港の見える丘公園」に出掛け,そこから見えるもの(例えばホテル・ニューグランド)に指し値注文を入れるような相場を考えてはいけない。

☆ 「秋の気配」相場は,人気離散相場のこと。それこそ♪「こんなことは今まで無かった」相場なのである(^▽^;)。まあ,今日も出来高も減って,相場が暇だから「替え歌」で表現することにしよう。

♪あれはあなたの好きな場所

東証近くのちいさなお社

短波の声が小さくなる

ぼくは黙って業界紙(しんぶん)を見てる


目を閉じて 息を止めて

さかのぼる ほんのひととき

こんなことは今までなかった

ぼくが相場から離れていく

ぼくが相場から離れていく(;´▽`A``

☆ 市場にとって一番怖いのは,暴騰でも暴落でもなく閑散相場だ。それは勿論,証券会社にとってはメシの食い上げになるからなのだが,投資家にとっても「売りたい時に買い手がいない」状態だからズルズルと下げていくことになる。

☆ ただ昔の人は良く言ったもので,「幽霊と相場は寂しい方に出る」。本当は相場が枯れ切るのを待って,そこからコツコツと買い上げていった者が,巨万の富を得る可能性を持つ。

☆ もっともこれとて,途中で利食いたい誘惑に負けず,ある程度の利幅をもって,思い切りよく飛び降りないと出口には届かない。この辺りの見切りこそが相場の醍醐味でもあるのだ。

☆ 逆に言えば兜町や北浜から「秋の気配」が聞こえてきそうだったら,迷わずにポジションを畳んで,居眠りするのが合理的なのかもしれない。果報は寝て待つのが,いちばんなのだ。

=続く=

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2006年8月28日 (月)

やっかいな相場考(1)~思うように行かない相場

☆ 相場がやっかいだと思える時には,こういうパターンがある。これから何回かに分けて各パターンの特長と対策を考えてみたい。

① 思うように行かない

・これは投資家万民の悩み。やむごとなき人も昔から鴨川の水と僧兵と共に双六の目が思い通りにならないと嘆いている(白河法皇)。

・思うように行かない時は,根本的な相場観に誤りがある可能性が高い。我慢するとリターンが得られる可能性もあるが,ポジションの大きさによっては「見切り」が必要。

・一番怖いのは,仕手に売り向かって担がれているとか,逆に買い建ちを二階建て(現物で買った銘柄をさらに信用で買うなど,同じ売買ポジションを現物と信用とで重ねること)をするといった場合。

・信用取引が怖いのは,レバレッジを掛けていることを忘れること。これはほとんどの商品先物取引にも言える。臆病者と謗(そし)られようが,レバレッジを掛けずにヘッジ(つなぎ)売りに徹するのが安全策だと思う。

=続く=

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2006年7月25日 (火)

祝 日経社員31歳クソガキS君告発決定

☆ こいつだけは絶対に許せない。万死に値する。不当利益の3倍以上の課徴金を科することを希望する。また日本経済新聞社にも同額を使用者責任として科することを希望し,火曜日に掲載中のコラム「一目均衡」の来週以降無期限の停止を要求する。日本経済新聞社が「一目均衡」を書く権利などないからだ。

asahi.comより

日経社員を近く強制捜査   インサイダー取引容疑

2006年07月25日06時16分

 日本経済新聞東京本社広告局の男性社員(31)によるインサイダー取引問題で、この社員が、証券会社数社に開設したインターネット取引の口座で、不正な株売買を繰り返していたことが、関係者の話で分かった。複数口座に分散させ、不正取引が発覚しないようにしていた疑いが強い。証券取引等監視委員会もこうした実態を把握しており、不正利益が多額に上ることなどから悪質性が高いとして、25日にも証券取引法違反(インサイダー取引)容疑で東京地検特捜部に告発する方針を固めた。

 特捜部はこれを受け、同日中にも同法違反容疑で強制捜査に乗り出す見通しだ。

 この社員は、値上がりが見込める株式分割を株主などに周知させる企業の「法定公告」の掲載予定一覧表を、広告局内の共用パソコンで閲覧。公表前にこれらの企業の株を取得し、値上がり後に売り抜ける手口でインサイダー取引をしていた疑いが持たれている。05年12月~06年2月に、食品小売会社の株で約1300万円の利益を上げたのをはじめ、東証1部上場銘柄を含む6銘柄の株売買で計約3350万円の売却益を得ていたとされる。

 関係者によると、この社員は株売買の際、インターネット取引専門の証券会社など数社に口座を開設。売買はすべてネット取引で、複数口座に分散して行っていた。当初は100万円単位での取引だったが、次第に取引金額を拡大させ、千万円単位になった。売却益はそれぞれの口座に残されていたという。

 ネット証券大手によると、ネット取引の口座は、証券会社のホームページから申し込め、無料で開設できる。証券会社の営業マンを介さずに、株取引ができ、手数料が格安など個人投資家の間で主流になっているという。口座を分散するメリットは少なく、取引口座を一本化するのが一般的だという。

 特捜部は、この社員が、不正取引が発覚しないよう、ネット取引の複数口座に取引を分散させたとみている模様だ。

 証券監視委が2月に調査を始めた後、日経新聞社は、社内に調査委員会を設置。社員は、これまでの社内調査に「ゲーム感覚的なところがあり、どんどん繰り返した」と話しているという。

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2006年6月23日 (金)

様々なる人々(7)

兜町はシマで,北浜はハマだ。ところで伊勢町(名証)や天神(福証)は何というのだろうか?多分無いだろう。いまではシマ>>ハマ>>>>伊勢町>>>>>「札幌」>>天神てな具合だろうか。だから相場名人の元に送られてくる風聞もしくは風説は「シマの噂」という具合だった。


今,シマの噂を間接的に手に入れるのに最も有効なサイトは,もう、気が済んだかい?会社ごっこ(兜町おさんぽ日記帖) であることは間違いなさそうだが,おそらく証券監視委員会の推奨ブックマークの上位にあることも間違いないところだろう。


さて,相場名人だが,こうしてそそくさと発注を済ます頃に,おばちゃん投資家がをそれを目さどく見つけることになる(まるでどこぞのドラマの台本に書いてあったかのように^^;)。おばちゃんは早速名人に尋ねる。「○○さん,何を買ったの(この会話部分は,各地域ごとに適切な方言に直して下さい)?」

「××を少しね」

「どうして買ったの」

「いや,△△の手が入っているらしいから」

決め事のように,おばちゃんはこう返事を返す。

「どうして(私に)教えてくれなかったの」


それでその気になったおばちゃんが参戦するのは,今さら言うまでもない( ̄_ ̄ i)


この時,たとえば銘柄A(千株単位)の時価が234円だったとすると,相場名人は現物だったら5,000株。信用なら10,000株の買いを入れている(大抵,後者になる)。おばちゃんの追撃は現物でも信用でも3,000株といったところだろう。相場名人は他のポジションとの見合いではあるけど打診買い。おばちゃんはどっちに転んでも追従買いである。


(続く)

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2006年6月 5日 (月)

様々なる人々(6)

☆ 前に書いたように,証券会社の店頭には幾つかの小さなグループが出来る。それぞれのグループには別の相場名人が中心にいるわけだが,選択テレビクイック端末を巡ってたまに小競り合いが起きる程度で,大概は相互不干渉である。もっとも大手母店クラスになると,そういうグループの存在を知らない素人衆選択テレビ不用意独占して,険悪なムードのなることも少なくなかった。


選択テレビではその名の通り自分の好きな銘柄登録できるので,相場名人は自分のページを何ページも持っている(確か選択テレビの登録可能ページは64ページか72ページだったと思う)。要はそこを開ければ名人銘柄四本値バイカイ(売り買いの板=ただし直近の一本のみ)が見られる。また,そこから個別銘柄選択すれば四本程度の歩みも見られるのだから,当時としては必須の武器だった。今だったらMarket Viewerなどで自宅にいても簡単見られるが,まだインターネットなどモザイク の向こうの世界だったのだ(爆)。


☆ 今でも変わらないが,店頭にそういう端末があると,それを独占したがる人というのは必ずいる。ご丁寧にメモ帳か何かに書いたMy銘柄コード一覧表持参する人も少なくない。気持ちが分からないのではない。少しでも相場と繋がっていたいのだ。たとえ売り買いに係れなくても(^^;)。だが,端末はチミの私有物ではないのだぞという空気がだんだん周辺に濃くなっていく。つまり険悪になっていく。銀行の振込機能付きATMの前の行列と同じだと言えば,イメージできるだろうか。まあそういうことで,最後に(今風に言えば)「お宅さぁ,いい加減にしてくんないかなぁ」という事で端末から排除されるのがオチである。


☆ 面白いもので,相場名人の注文営業を呼び寄せて小声で執行するものらしい。当たり前の話だが,自店内で提灯をつけられたくないのだ。買うまでは(^^;)。しかし,相場名人が相場を張るという話は,ついぞ聞いたことがない。だって早耳筋の追っかけなんだから,自分じゃ相場のイニシアチブなんか取れるわけがない。それでも相場名人にはそれなりの取り巻きがいる訳だから,買った後に講釈を垂れるためには自分の注文だけはそそくさと執行していただかなければならないのである。


相場名人が一番好きなのは相場師。これを相場師というかどうか個人的には異論を持っているが,誠備投資顧問室以来の加藤アキラということになるだろうか。清水一行が『擬制資本』で活写した,あの加藤である。


清水 一行
擬制資本

☆ 『擬制資本』のモデルとなっているのはMエンジニアリンググループ(の前身であるM鉄工所)。その後も加藤は,今はなきH製紙(現O製紙)や,日本C等の巨大仕手戦の主役を演じ,KNの仕手戦では「新しい風の会代表の肩書きで日本経済新聞市場面署名記事日経の報道への反論のレター)を掲載したことも知られている。しかし,加藤や彼がかつて外務員として勤めていたK証券(この辺全て伏字及びイニシャルなのは,関係者に迷惑がかかってはいけないからです)からの手口情報が伝わると,大手を除く証券会社の市場部ザワザワし始め,それがファックス経由で支店,そして相場名人の元へと伝わっていくのである。


(続く)

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2006年6月 4日 (日)

様々なる人々(5)

☆ さて,おばちゃん達が手っ取り早く頼りにする人達が都合良く店頭にいる。こういう人達は,陰で相場名人と呼ばれていた。名人は迷人に通じるとだけ書いておけば実情は容易に理解できるだろう(爆)。というのは,相場名人はいかなるファンダメンタルもテクニカルも関係なく,ひたすらトレンドフォローならぬ地場筋フォローを行う典型的な目先筋であるからだ。 従って,相場名人にとっての情報とは(証券会社の)市場部が兜町の地場筋の動きと称してファックスで送りつけるマーケットノイズのことに他ならない。もちろんマーケットノイズの全てがガセということはない。大抵はその日の朝刊に載っているような話だ。

☆ ベタ記事というのがある。見出しも一行という小さな記事だ。ベタ記事の効用は是銀さんこと是川銀蔵氏が別子(=住友金属鉱山)の菱刈鉱山の記事を見つけて80年代に残る大相場をやった(その経緯は是銀さんと同郷の作家津本陽氏の『最後の相場師』に詳しい)。

☆ また,日本工業新聞(現在のフジサンケイビジネスアイ )のようなあまり手に入らない新聞に掲載された情報というのも珍重された。これは効率的市場仮説 の裏側のようなもので,情報の理論的な伝播速度と実際のそれとの間に歪みがあるから,その裁定で取引ができるということ。言い換えれば早耳で買って,後からついて来る者に売りつけるということである。

☆ 手に入らない新聞と言えば昭和40年代の証券不況時に山一證券(当時)が日銀特融(第一回目)を受けるきっかけとなったのは西日本新聞 の報道だったが,当時の東京では地方紙を売るスタンドは数えるほどしかなく,若手が兜町から渋谷辺りまで走らされた(勿論都バスや地下鉄に乗って)という有名なエピソードもある。また,中部経済新聞 というこれも有名なブロック経済紙があるが,バブル崩壊の頃,名証を代表するハイテク銘柄の一つ富士機械製造 に関するこの新聞の記事が原因で小さな売りパニックが起きたことがある。このようにインターネット全盛の前の時代には,情報の流通は相場にとって死活問題となることが,まま起こったものだ。

☆ さて,そんな具合で相場名人は早耳情報兜町(シマ)の噂を好むのだが,玉石混交にしたところで何せ情報の量が多すぎる。結局は多すぎる情報に埋もれて右往左往するのが相場名人迷人たる所以でもあるのだ。そしておばちゃんギャラリーがそれに輪をかけてしまうのだから,確かに証券会社の店頭に居座って投資行動をするのは傍目に見える格好ほど合理的ではないのである。

(続く)

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2006年6月 3日 (土)

秋霜烈日2

☆ ここに一冊の本がある。『ヒルズ黙示録』(大鹿靖明)

☆ このドキュメンタリーについては,肯定的な評価と否定的なそれとが相半ばしている。ノンフィクションの常として,踏み込みにくい場所にも踏み込んでいることと,裏を取れないまま発表しているところもあるだろう。先日は検察庁に近いスタンスでこの問題や村上ファンドの問題を取り上げたが,それだけでは片手落ちだ。この本を読んで特に最後の部分では,検察の組み立てているストーリィに無理があることを指摘している部分があり興味深い。

☆ 村上ファンドのニッポン放送株取得について,ニュースや新聞で報道されている内容とこの本で書かれている内容のどちらが真相に近いかと問われれば,この本に軍配を上げざるを得ない。例えばさっき見ていたNHKのニュースは,村上ファンドがライブドアの時間外株取得の計画を知ってニッポン放送株を買い集めたというインサイダー取引疑惑があると報じているが,この本で書いているように欽ちゃんが堀江に話をもちかけたのが真相だ。ただし,話を持ちかけてライブドアが突貫工事で例の買付けスキームを作り上げた時期にMAC(村上ファンド)がニッポン放送株を買っていたのであれば,検察の立件はその点では有効であることを書き添えておく。

☆ ところで大鹿が『ヒルズ黙示録』の最後の部分(第7章IT許永中 P.319)で佐藤優がその著『国家の罠』でこんなことを書いていることを紹介している。

☆ 2002年5月に東京地検特捜部に逮捕された経験をもつ外務省のラスプーチン,佐藤優(起訴休職中外務事務官)も地検の元特捜部長と同じような時代観をもったうえで,この事件の捜査を「国策捜査」ととらえている。佐藤によれば,国策捜査は「時代のけじめとして検察が象徴的に作り上げた事件」と規定している。佐藤は著書『国家の罠』の中で,取り調べに当たった西村尚芳健二からこう言われたことを記している。
>「これは『国策捜査』なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。(中略)国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために,何か象徴的な事件を作り出して,それを断罪するのです」

☆ これを受けての大鹿の分析は卓見である。

☆ ライブドア事件は,規制緩和が進んだ新自由主義の行き過ぎを是正するうえで,起きるべくして起きた事件といえる。堀江が規制緩和と過剰流動性というカネ余りを享受した時代は,銀行の不良債権問題に起因した日本の長期不況と重なり合ってきた。しかし竹中平蔵が金融相に就いた後,銀行の不良債権問題はようやく解決に向かい,それにつれ景気は回復し,日銀は2006年3月9日,過剰流動性を生んだ量的緩和の解除を決めた。そんな時代の転換点に強制捜査は始まっている。

☆ そして前回,松尾検事総長の講話として記した部分とこの指摘は見事に一致する。規制緩和と過剰流動性を生むまでが,事前規制=監督行政の時代。量的緩和の解除は自己責任=事後制裁・救済の時代。その時代の転換点で金儲け主義の行き過ぎに国策捜査で鉄槌が下される光景を,さして事情を知らない一般市民に知らしめようという巨大マスコミの意図。これらが一連の構図として浮かび上がっている。

☆ 市場に係るものの端くれとして,守るべきものはあくまでも市場であり,市場を運営するフェアなルールである。再度繰り返すが,検察の目的がこれを守るものである限り支持する。しかし,それを逸脱して株主の正当な権利を抑制する方向に進むことを黙認助長するような姿勢を見せるなら,私はこの場を借りて断罪するだろう。

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様々なる人々(4)

☆ この話の一番最初に書いたように,人間とは面白いもので「自分だけしか信じられない」と常々思っていても,いざ相場に片足をつっこむと,肝心の自分をなかなか信じられないものらしい。

だからおばちゃん投資家を笑う資格は誰にもないわけだが(苦笑),スランプに陥ったおばちゃん投資家ほど厄介な存在もないというのが,証券会社店頭の常識でもある(爆)。というのも,おばちゃん達はありとあらゆる知識駆使してこの相場の分析を始めるからだ。その様子は,これも以前書いたようにウォーレン・バフェット言うところの「ミズ.マーケット」そのものであるのだから。

☆ おばちゃん投資家が好きそうなネタは,RSIとかMACDではない。もっともその当時はテクニカル指標と言っても,トレンド系が中心でオシレーター系の指標はまだあまり見られなかった(その意味でもパン・ローリング社 の功績は大であると思う)。今でもそうだがチャートブックロウソク足だから,おばちゃん投資家は当然チャートブックと首っ引きとなる。。。かといえば,これがそうではない。おばちゃん独特の嗅覚当りそうな株式評論家を探し始めるのである。

☆ この辺は絵に描いたような当たり屋につけなのだが,当たり屋の供給源業界紙と決まっていたから,自然と面子も決まってくる。まだ存命だった松本亨(日刊トウシ新聞社主の方です。英語関係無し^^;)を筆頭に大体バブル崩壊時淘汰されたメンバーが多かった。中には商法学者のくせに相場に狂った挙句,双方代理で逮捕された並木俊守のような逸材(もちろん冗談。。。実学者としての力量の全てを否定することはないだろうが,もう今の時代には過去の人だ)もいた。


日弁連会長声明 並木俊守元弁護士に対する東京地裁の有罪判決を聞いて

株式評論家という職業名は,最近は殆ど聞かない。これもすっかりおばちゃんになった木村佳子 さんくらいになってしまった。日本短波放送 (→ラジオたんぱ→ラジオNIKKEI) の投資番組の常連の批評だったらおばちゃん達に訊けば良い。小一時間みっちり教えてくれるだろう(爆)。そうしておばちゃん達は当たり屋を探しまくるのだが,当たり屋と言われる頃に曲がりだしの相場川柳の通り,バブル崩壊後の相場に当たり屋は数少なかった。

☆ 当時ありがちだった当たり屋の姿を高杉良が小説巨大証券 でチラッと描いている。真相は分からないが,雑誌の発売日に格差(東京と九州では2日)があることを利用して,東京発売直後に買っても地方発売時には売り抜けられるという技術が90年代にはあったらしい。そういうインチキを駆逐するのにITは大いに役に立ったと思う。

☆ 株式評論家の品評会に飽きたおばちゃん達が次に進むのは,占いの類である。占いといえば占星術のメリマン氏 が最も有名である。最も有名ということは,おばちゃん達にまで知られている訳で,メリマンレポートを読むお金が勿体ないおばちゃん達は,証券会社の店頭で大引け後にチャートブックを独占しては,そういうコーナーを読み漁り,またもや論評を始めるのである。そして占いの類が好きなおばちゃん達は,今日もまた新月はいつだの,満月はいつだと話のネタに困ることは無い状況が続き,店頭から人々が去っていってもいつまでも居残っているのだ。

(続く)

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2006年6月 2日 (金)

ネット証券は,一般信用に素人を引きずり込むことが適合性の原則に違反していないと言うのか?

ネット証券は,一般信用に素人を引きずり込むことが適合性の原則に違反していないと言うのか?

☆ どうにも納得がいかないことがある。

☆ 今年に入ってからの個人投資家の売買動向だ。

☆ 本来,1月16日夜にライブドアが衆人環視の中,東京高検の家宅捜索を受けた時点でショック安はかなり大きいものになると予想された。実際にここから2月まではそういう相場が続いたが,下がり方が思ったよりも緩やかで,リバウンドが比較的早くやって来た事が,イメージと大きく異なっていた。市場の一部には狼狽売りを吸収したという解説があり,確かにそうかもしれないとも考えていた。

☆ しかし,どうもその理由は違うところにあったような気がする。それは,信用取引における売り(買い建ちに対する売り落ち)が一向に進んでいないところにあった。本来,制度信用であれば6ヶ月という期限があるから,相場が下げ転換したのであれば買い方はいったん手仕舞うべき所である。しかし,今回はなかなかそうならなかった。なぜか信用倍率が縮まらない銘柄が主力株に続出していた。

☆ この理由を一般信用に置いてみれば合点がゆく。制度信用は先物と同じで,どこかで必ず反対売買をするか現引き・現渡しを行って決済しなければならない。つまり時間による制約を受ける仕組みになっている。だから制度信用を使って売買する場合は,ロスカットを励行しなければならない。自分が現在,信用取引をやらない理由はここにある。やはりどうしても相場の場味を見ないと思わぬロスを受けるからなのだ。

☆ だが,一般信用はその点では甘くなりがちである。建てっぱなしが出来るということは,実は制度信用以上に玉管理が出来ないといけないのに,ネット証券ではそういうことをきちんと顧客に説明して信用口座を開いているのだろうか?ネット証券だけではないかもしれないが,とにかく信用取引を小額から出来るようにすることで,手数料の薄利多売と資金の有効活用を考えた松井以下の証券会社の着眼点は悪くないと思う。だが,それが結果として,素人投資家を真綿で首を絞めるように追い込む結果に繋がっているのだとすれば,これは適合性の原則に違反している違法な勧誘だったと非難されて然るべきではないだろうか。

☆ 先日も指摘したマネックス証券は,信用の担保価値を突然蒸発させ,市場に更なる混乱を招いた。しかし,自社の利益に繋がる一般信用口座の拡大に邁進するあまり,適合性の原則すら忘れた勧誘活動がネット上で罷り通っていたとするならば,そんな証券会社に誰を指弾する資格があると言えようか。証券監視委員会,あるいは金融庁は,この一般信用口座の個人投資家への勧誘方法について各証券会社から聞き取りを行うべきである。健全な市場を育成したいのであれば,不健全なルールは排除すべきである。

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秋霜烈日

☆ 先週の日経CNBCエクスプレスに松尾邦弘検事総長が出演していた。内容は裁判員制度の説明と昨今の経済(市場)犯罪に対する検察のスタンスについてが主な内容だったと記憶している。

☆ 松尾氏によるとライブドア問題で検察が最初に注目したのはニッポン放送株式取得の頃だったという。当時は,ライブドアの株式取得に対するニッポン放送の対抗策について特別背任罪が成立しうる可能性があるというところから「私を含めてずいぶん勉強した」という。

☆ 今までは検察庁が経済犯罪に対して動く場合,大きく分けて二つのパターンがあった。ひとつは政治家が絡んだ贈収賄の案件,もうひとつは談合である。これは経済成長と共に経済犯罪の中でも国民からの非難が強まっている部分に着目してのことだろう。一般的な経済犯罪の場合,詐欺のような刑事事件では,警察が動くことになるし,場合によっては被害者の会のような形で弁護士から先に動くこともある(民事先行)。ライブドアを巡る対照的な動き(ニッポン放送のケースとライブドア自体の証券取引法違反事件)は,それらと異なり,検察のスタンスに変化が生じていることを示している。

☆ この点を松尾検事総長はこのように表現している。(日本経済新聞 第43241号 2006年5月29日第23面 特集「法化社会の企業責任(日経シンポ)」基調講演より引用)

>我が国は構造改革が進行中で、「事前規制型社会から事後制裁・救済型社会」へと大きく転換しつつあるといわれる。「透明・公正なルールに基づく自己責任原則のもとでの自由な競争・事業活動」が前提となる。

(中略)

>事後制裁の一つは行政処分。独占禁止法違反なら課徴金が課される。(略)

>司法面では,民事の損害賠償請求が制裁の一つの形だ。(中略)株主代表訴訟や被害者による損害賠償請求が制裁の一つだ。

>刑事事件は最後の担保で事後制裁の根底にある。刑事罰則は強化の方向にある。例えば証券取引法違反の罰則を懲役十年まで引き上げることも国会で議論されている。刑事司法は個人処罰が中心だったが,近い将来,法人処罰体系の抜本的見直しが必要になるのではと考えている。

☆ このように,法規範の番人たる検察の役割を自己責任原則の根底にあるものと定義し,最後衛に自らを位置付ける。これは検察という職業のプライド(威信)を現したもので明快であり,かつ興味深い。松尾総長の口を借りれば,検察は事後制裁の最終手段として存するのであるから,その役割は重大であり,決して犯罪行為を見逃してはならないということになり,そこには非常に強い意思表示がある。

>検察庁の守備範囲は最近は非常に広がってきている。特捜部を中心として贈収賄事件には相変わらず力を入れているが,新たな重点もある。

>一つは行政機能を阻害する罪。調査・検査の妨害や虚偽報告などで,事後制裁・救済の実効性を損なう恐れがあり,重い事件として考えざるを得ない。

>二つ目は司法の機能を害する罪。偽証や承認威迫(いはく),証拠隠滅などだ。従来は事案が解明されれば証拠隠滅は起訴猶予になったかもしれないが,今後は証拠隠滅は重く考えられることになる。

>三つ目は国民の健康,安全,財産に大きな被害を与える罪。株価操縦や有価証券の虚偽報告,食品や製造物の欠陥,あるいは環境の破壊などだ。

>四番目は公正な競争を害する罪で,典型は談合や競争入札妨害。改正独占禁止法で談合の東京高裁の専属管轄が外され,全国どこの地方裁判所でも裁判ができることとなった。中央だけでなく地方でも問題にするという国の姿勢の表れと受け取ってほしい。

☆ これは最初に示したとおりである。警察が地域社会の安寧秩序を守るためにあるのに対し,検察は犯罪として立件されるものに対する定義を明らかにした上で,事後制裁の最終手段として守るべきものは何なのかを具体的に挙げている。

☆ 四つの分類を見てみると,一つ目は検察機能に対する直接的挑戦者として位置づけており,二つ目は検察を含む司法機能全体への挑戦者として捉えている。三つ目は自己責任原則の対象である公共財として「国民の健康,安全,財産」を掲げ,それを脅かすものして捉えている。最後の四つ目は,企業の私的活動の充足を脅かすものとして捉えている。つまり,これらの脅威に対して公共財や企業の私的活動を含めた市民社会の秩序を守るために行われるべき最終的な事後制裁の行為者として検察の役割を説いている事が分かる。

☆ 松尾総長は日経CNBCの番組で修習生時代には弁護士志望だったと話していた。検察の説明で特捜部などの活動を見て検察官に志望を変えたと言っていたから,非常に道徳心の高い方とお見受けした。また,検事として記憶に残っている被告として20代で担当した連合赤軍事件のN,30代で担当したロッキード事件MルートのIなどを実名で挙げていたが,なるほど検事の中でも第一線のエリートであることも理解できる。


☆ そこで,今年に入ってからの検察庁(東京高検)の経済事件,特に株式市場関係への関わりを見ると,松尾氏が上で指摘している「自己責任原則の自由な競争・事業活動が果たして真に透明・公正なルールの下で行われていたのか?」という視点が明らかになってくる。

☆ 検察側からライブドア事件を見れば,有価証券の虚偽報告により,善意(=事情を知らない)一般投資家を欺いたというストーリィが成立する。また今回,村上ファンドに対して問い質しているのも,真に透明・公正なルールに基づいた投資行動であったのかという点に絞られてくるだろう。株主には投資をする自由がある。発行会社は株主を選ぶ自由はない。それは資本市場の基本的な仕組みである。しかし,その仕組みが成り立つためには「自由だ!」と叫ぶ投資家自体が市場を蔑(ないがし)ろにしたり,他の投資家を欺いて自らが不正の果実を得るようなことがあってはならない。それはもっともっと基本的な市場のルールである。

☆ 従って,私は検察庁がそうした公共財としての市場が投資の自由と株主の権利の名の下に踏みにじられることを断罪するのである限り,全面的に支持する。

☆ そして,これを支持できない者は,いかなる地位立場にあろうと,この国のあらゆる市場から退出することを強く希望したい。

しかし,万が一,たとえ検察であろうとも,一握りの犯罪者の処断を理由に,この市場を規制によって閉ざそうとするのであれば,それには異議を唱えることになるだろう。守るべきものは公正な市場であり,それはあくまでも責任に裏打ちされた自由なものでなければならないからだ。

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2006年6月 1日 (木)

様々なる人々(3)

☆ さて,昨日まで前振りをした話。

☆ おばちゃん達を担当するのはトップではないが,セカンドリークラスの営業マン。もともと相場好きとあって景気(=相場運とも言う^^;)の良い時は,店内でも上位に入る資産残高になっていたりするので,そういう時にはセールスにも力が入る。。。が,そこはおばちゃんたるもの,自らの力を過信して止めるのも聞かずいけいけどんどんに突っ走ってしまう。ただしそこは女性特有の慎重さもあって,めったやたらと買いまくるのではなく,ジーッと持ち続けることになる。営業マンからすれば,いい加減で利食って次の銘柄にした方がツキを逃さないのに。。。というところなのだが,おばちゃんの方は有頂天なものだから逆に「今売ったらツキが離れる」と思い込んでいて,頑として言うことを聞かない

☆ そうやっているうちに案の定,相場の潮目が変わりズルズル下げだすことになる。もえなえが紹介していた だったら,そこで利益確定して次の銘柄を探すことになるのだが,これが出来ないのがおばちゃんのおばちゃんたる所以(ゆえん)で,結局のところかつてないほどの大成功だった筈の銘柄がいいとこポテンヒット,下手をするとなぜか損切りで終わってしまう。

☆ そうなると,店内にはおばちゃん連中の愚痴飛び交うことになる。フロントレディなどは「また始まったか。巻き込まれると嫌だな。」と内心思いつつ平静を保っていられるが,迷惑なのは担当営業で,だから言わんこっちゃと思っても口には出せず,まして愚痴を聞かされるのだからたまらない。うまいこと他の顧客からの電話でも入ってくれば,そそくさとおばちゃんから離れて,それを潮に自分の相場(営業)に復帰することになる。

☆ 結局,良い時は長く続かずなぜかスランプの方が長くなるのがおばちゃんの投資傾向なのだが,それでも滅多な事では大負けをしないので,なかなか退場もしない。そうやって,おばちゃん投資家は今日も証券会社の店頭でああだこうだと言い続けるのである。

(続く)

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2006年5月31日 (水)

様々なる人々(2)

☆ 今の相場と20年前の相場で何が一番違うのかといえば,ITだろう。確かに2000年前後のITバブル相場は,直接間接に数多くの個人投資家や投資家達のバーチャルな集団を痛めつけ,傷つけた。この欄で日本経済新聞の不祥事(インサイダー取引疑惑)をしつこく糾弾しているのは,その時に起こった,とある事件が発端であり,いずれ詳しく所見を交え述べたいと思う。が,名の通りの情報技術は明らかに投資スタイルを一変させた。投資に対する心理的障壁をずいぶんと低くしてしまったのである。その意味でITとは,まごうことなき大革命だった。

☆ さて,20年前にはモトローラが肩掛けの移動体通信を実用化したが,それはまるでSONYのデンスケのような姿形であった(デンスケというのは1970年代に活躍したセミプロ以上用の携帯型(でも大型^^;)テープレコーダーのこと)。せいぜい自動車電話用のアンテナを立てた車(そのアンテナの数十パーセントは明らかにパチもんだったが--;)が移動体通信の主のような顔をして走り回っていた。

☆ 外出した営業マンへの手軽な連絡方法であるポケットベルのサービスも始まったばかりで,ビジネスユースでは,もの凄い勢いで広がっていった。これがパーソナルユースに使われ成功したことが,携帯電話ビジネスに繋がっていく。。。そういえばこれも余談だが「ポケットモンスター」というゲームは,こういうポケット型の遊具(ゲーム・ウォッチからゲームボーイ,そしてDSに繋がって行く)をイメージしたキャラクターゲームだった筈だ。まだビジネス用のパソコンといえばPC98だったし,ワークステーション5550の時代だったのだ。

☆ 要するに情報の伝達経路が今と比べると極端に少なかったのが,当時の実情だった。電話は最大の武器であり,80年代末のバブルを支えたのは,電話線による音声通話だった。そして電話やファックスで山ほど情報をやり取りできない,そんな特権のない個人投資家達が毎日,店頭に寄ってきたのである。

☆ 店頭に良く来ていたタイプの投資家について前回少し書いたが,だいたいこんなプロファイリングが出来たと思う。

(1) 60代前後の相場好き,相場一代,相場名人(迷人)の類

(2) 40代以降のおばちゃん投資家

(3) 30~50代中心の一匹狼型投資家

(4) 普通の人々(投信・るいとうのお客様)

☆ (1)と(2)がグループになるのは,火を見るより明らか。というよりもおばちゃんで一匹狼という人には残念ながら,今まで遭ったことがない。そういう人は店頭には来ないのだろう。そして,店頭を華やかかつ珍妙にしてくれるのは,これも期待通りにこの人達なのである。

(つづく)

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2006年5月30日 (火)

様々なる人々(1)

☆ 今日からしばらく,自分が出会ったり見てきた人の話を書いていく。

☆ まだバブル崩壊前後の話で,今の証券会社の店頭からは思いも寄らない事かもしれない。

☆ 昨日「占い」のことを書いた時にも触れたが,人間とは面白いもので「自分だけしか信じられない」と常々思っていても,いざ相場に片足をつっこむと,肝心の自分をなかなか信じられないものらしい。確かに相場というものは,毎日答え合わせを強制的に行うテストのようなものだから,勝ち続けるのは至難の業だし,よしんば勝ったところで最終の帳尻が合うかどうかは誰も分からない。ある意味「無間地獄」のようなものですらある。

☆ 毎日,証券会社の店頭にたむろする人々がいる。その理由はいうまでもなく相場があるからなのだが(笑),毎日毎日顔を合わせていると通勤電車で乗り合わせる客に似て来るのか,何となく他人という気がしなくなってくるものらしい。こうやって気がつくと幾つかのグループが店頭を占拠するようになっていく。同じような光景は,例えば図書館なんかでも見られるのだが,場所の取り合い,椅子の取り合いなどという些細なことから始まって,好き嫌いが生じるものらしい。そういえばかつて19世紀前半のロンドン証券取引所にはN.M.ロスチャイルドの「常駐場所」というのがあったらしいし,似たようなことは明治以降の特に東証を筆頭とするあちこちの取引所でも見られたという。場所取りは陣取りに通じるから,それこそ「今日の占い」みたいなものかもしれない。いつもと違う場所では,ゲンが悪いのである。

☆ また反面,一匹狼のような投資家も少なからずいる。この人達に妙に共通しているのは,やたら店頭に滞在したがらない(=さっきの人達と正反対)ということだ。自分のポジションを知られたくない(そういうグループの中には必ず一人は「訊きたがり,知りたがり」のオバちゃんがいるので^^;)ということもあるが,むしろそうした「ミスター・マーケット(バフェットの造語=市場の「ノイズ」)」に自分の判断を狂わされたくないからだろう。思うにネットトレードの恩恵を一番に享受したのは,このタイプの人達だったろう。

☆ さて,そんな感じで両極端の相場好きもしくはセミプロがいて,たまに中期国債ファンドを定期預金代わりに預けるようなタイプの人が来店するのがごくフツーの証券会社の店頭だった。店内には営業マンがいて場中は顧客に電話をして相場のことを話しているか,なにがしかの注文を取っているのか取って貰おうと粘っているのかしている。で,注文が取れれば専用端末に走って注文を通し,また電話するということで,傍目に見ても忙しそうなのが,店頭である。一方で80年代以降フロントレディが一気に増えたこともあり,そのセクション周りだけは銀行の窓口とあまりイメージ的に違わないという姿だったのが,当時の話だ。

(つづく)

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2006年5月29日 (月)

なぜ私は,テレビの占いコーナーが嫌いなのか?

☆ 私は,めざましテレビのカウントダウン占いを筆頭に,今日の運勢の類が大嫌い。特に朝は絶対に見たくない。それには理由がある。

☆ 相場というものと向き合っていると,どうしても自分独りの力ではどうにもならないことに出会う機会が少なくない。先週の下げ局面もそうなのだが,新興工業国への投資が長い目で見て失敗ではないだろうと考えても,先週のような下げ局面では,どうしてもロスカットに引っかかってしまう。ここで売って後悔するのと売らずにそのままにして後悔するのを天秤ばかりにかけた結果,売ることを選択した。その結果は既に書いたように底値で売っている。

☆ こういう時,誰かの何かに縋(すが)りたいという気持ちが出て来ない方がおかしい。おかしくはないが,そこまでの自信家はあまり多くは見かけない(先週の「カンブリア宮殿」に出ていたワタミの渡邉社長などはその例外の一人であろうが)。やはり何かに縋りたくなるものなのだ。

☆ テクニカルを否定する人達がいる。彼等から見れば,テクニカルという投資仕法は終わったものを追いかけているだけで,いわば「逃げ水の分析」に過ぎない。そんな中の一人はこのような川柳を後世に遺した。「罫線屋 線を引き引き 足を出し」。足を出すとは要するに損をすることで,評論家は相場に勝てないというのと同じ類のキョーレツな一撃である。

☆ しかし,そういう人達もまた勘違いをしている。相場が示す個々の銘柄の値段が本当に乱数表のような不規則性でその時点の評価価値の全てを実現しているとしたら,この川柳は有効なものとなる。が,投資には最も大事な要素がひとつある。それは投資主体=投資家=つまり「人」である。

☆ 行動経済学が有効な学問となる理由は,経済の主体である人間に焦点を当てた経済学。言い換えれば広義の社会科学である経済学と人文科学である心理学との学際にある学問であるからだ。この時,テクニカルを用いる意味が決定的に変わる。テクニカルに現れるのは,単純な株価という数値のふれではなく,その数値を生み出した投資家という人間達の心理の揺らぎであるからだ。

☆ さて,そのような投資家が相場に向き合う時,自分以外に頼れるものがないとすれば,果たしてどのような行動に出るだろう。ひとつは今話した。過去や現在の心理を分析することで,この後の相場参加者の心理がどのように変化していくのかをテクニカルで捉えようとする。もうひとつは,投資対象に対して徹底的に客観的なアプローチで迫るファンダメンタルであり,残ったものが理性外の何かに身を委ねることだ。つまり占いである。

☆ 占いが全く無意味かというとそれも正確には違うと思う。占いの中にはリズムや波動を重視するものがあり,これは人間の本性に合っていると思うからだ。人間は母親の羊水の中で育ち,自らの体内も8割近くが水である。水の持つリズムは,人間の波動の中に刻み込まれており,占いの中にはそういうものを理解した上で分析しようとするものがあるからである。

☆ しかし,そのこととめざましテレビのカウントダウン占いのようなものは本質的に異なる。占いは実際は極めて個的なものであり,一般化・普遍化するに伴いその有効性(魔力かもしれない)は失われていく。祈祷師がテレビの画面で何かやっていて霊験あらたかに感じる人はさほど多くはないだろう。そうであれば,テレビラジオ新聞ネットの占いは,単に今日一日の標語を示しているだけに過ぎない。そんなものでこれから相場に向かう自分を鼓舞したり,あるいは失望させたりされて良い訳がない。

☆ だから,私はテレビに代表される「日替わり占いコーナー」が大嫌いなのである。

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2006年5月27日 (土)

Pre-Open

☆ ウエブログも色々あって,競争も激しいけれど,なかなか書きたいものがみつからない。今まで使っていたウエブログの品質が急激に低下しているため,またぞろ引越しを考えなければならず,ココログにやって来た次第。

☆ 問題はコンテンツをどうやって移植するかということと,ココログ自体がどの程度のクオリティであるかによる(この場合クオリティとは,ど素人書き手にとっての使い勝手の良し悪しから,ウエブログ管理者の管理能力,発信機能など己の無知蒙昧を棚に上げての我が侭放題にいかにそのウエブログが耐えうるかということでもある(爆笑)。

☆ とりあえず引越しの下見に来ました(再爆)。

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