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2006年11月30日 (木)

お金で買った方が良い物もある=1=

☆ 仕事上の役に立ちそうに思えたので,リスクマネジメントに関する記事広告を読んでいた。その中に,こんな一節があった。

> リスクを一方的に嫌い,目をふさいで見ないようにしたり,排除するのではなく,投資効果と勘案しながらリスクとつき合い,コントロールしていくのが,リスクマネジメントである。

☆ これは企業のリスクマネジメントについて書かれた文章だが,個人のリスクマネジメントにも当てはまると思った。そして投資という行為はまさにこれじゃないかと思い当たった。

リスクを一方的に嫌い=「株をやる」「商品をやる」「相場をやる」(≒「(うつつ)を抜かす^^;)という一方的な判断
目をふさいで見ないように下がったから塩漬け追い証が出るまで放置安全銀行預金しかしていないインフレリスクの無視),過剰な特約付の生命保険加入(特約部分が掛け捨てであることの無知)。

☆ あたし達がネット時代の投資をする時,いちばん思い知らされたのがフィナンシャル・リテラシー(経済行為に関する理解能力。金融商品についての知識など)という言葉が日本中で不足しているという現実だったのだが,それ以前に「あたし達が生きていること自体が一つのリスク(良いことから悪いことまでの変動の幅)に曝(さら)されている」という認識の不足があるのだ。35年ほど前に山本七平がユダヤ人(イザヤ・ベンダサン)の口を借りて警告した「日本人は水と安全はタダだと思っている」という現実が,全然変わっていないということなのだ。

☆ 経済詐欺それもちんけな詐欺(詐欺の常としてスケールはデカイよ^^;)が跋扈しているのは,標準的な経済の知識(契約法から金融商品まで)が「常識」として備わっていないからだ。

=続く=

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2006年11月22日 (水)

ウチ目均考(22)~また,おまいらお得意の。。。

日本経済新聞第43414号 2006年11月22日(水)夕刊

株式譲渡益課税 優遇措置を一部継続 政府が検討 来年末保有分に適用

>政府は2007年度に証券税制の軽減税率が期限切れになるのにあわせ,株価の下落を防ぐ市場対策を導入する検討に入った。個人投資家が07年末までに購入した株式を対象に,08年以降に売却しても株式譲渡益の一部に10%の軽減税率を継続して適用するのが柱。現行の軽減税率を全面廃止した場合,投資家が保有株を駆け込み売却する懸念があるため,優遇措置を部分的に残す。07年度税制改正に盛り込みたい考えだ。

☆ 記事を読むと,尾身財務相は優遇税率を廃止して本則(20%)に戻すことを明言している。やはりそうだったのかという失望を感じたが,それ以上に「だが株式市場に影響が出ない措置も検討する」と述べた中身がこれだというのでは,馬鹿馬鹿しさを通り越して,タイトルのような感想しか出て来なかった。「また,おまいらお得意の弥縫策(びほうさく=その場凌ぎのバッジ処理のこと)の登場か。。。本当に,何の学習能力もない奴等だな。NEET以下なん違うか?」

☆ ここで言うNEETとは,"NO Experiences,Educated,and Training For Markets" の略だ。先週水曜日から一週間のマーケットから一体何を学べば,こんな弥縫策が登場するのか?霞ヶ関で毎晩2時まで仕事して,タクシーで帰るより前に,兜町に行って「空気を吸ってきたら」どうだ?来年末までに生じていた譲渡益って何だよ?それは「含み」に過ぎないだろう?時価評価して良いんだったら,どんな投資家も低価法を使うに決まっているだろ。こんな間抜けな措置を取れば,08年は発会から暴落だよ。

☆ もう少し「市場」というものを勉強しろよ。市場が国富の源泉である事を認識しろよ。国税の役人こそ自分の「頭」と「金」を市場に投資しろよ。二度とこんなバカバカしい提案をしないためにも。

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2006年11月15日 (水)

ウチ目均考(21) 証券優遇税制撤廃反対論を読む

日本経済新聞第43405号(2006年11月14日 夕刊)第7(マーケット総合2)面
十字路「層の厚い資本市場構築こそが課題」(吉田経済産業ラボ代表 吉田 春樹氏)

☆ 筆者は結論を先に書き,その理由を詳述している。あたしもその論旨に賛同するのだが,引用しながら読んでみたい。

> 個人投資家に対する証券優遇税制の撤廃は時期尚早だ。
> 日本はバブル崩壊後,構造改革に取り組んで来た。それは明治維新,アジア太平洋戦争の敗戦時と同様,国の在り方を革命的に組み替えようとするものである。

☆ 議論の前提となる認識。バブル崩壊は確かに日本一国のことであったが,その背景には冷戦構造の終結による国際秩序の再構築があった。いわゆる「ハゲタカ論者」の言を借りるまでもなく,米ソ二大陣営の対立という冷戦構造が崩壊したきっかけは国際経済の資本主義的加速にある。これは労働力が産み出す剰余価値から情報や技術力が産み出す付加価値への価値前提の大転換がベースであり,19世紀的資本観から逃れられないマルクス主義が教条化すれば自壊は必然のものであった。

☆ だからといって,マルキシズム的価値観に変わったものはイデオロギーではなく市場経済という実際的なものであるから,その市場のルールを確立することはすなわち市場における主導権(ヘゲモニー)の争奪戦となることは,これも必然である。バブル崩壊とは,まさにそういう名前の本があったように「経済敗戦」であり,1980年代当初に輝いた「No.1としての日本」は,それを支えていた冷戦構造もろとも自壊してしまったのである。だから小泉であろうが誰であろうが「国の在り方を革命的に組み替え」ない限り,日は沈み続けるのもまた必定だった。

> 政治の分野では小選挙区制が導入され,派閥政治が形骸化しつつある。地方分権に着手し,憲法改正も議論しようというところまで来た。経済の分野では新会社法が制定され,銀行を含めて旧財閥を超えた再編成が活発だ。企業経営の改革が進行中である。
> しかし,これらは目標に対していずれも道半ばだ。

> 焦点を資本主義の視点からの企業経営に絞ろう。改革の大きな流れは間接金融から直接金融への移行にある。なぜか。それは企業の自主性と機動性を確立し,上場企業にあっては,株主重視の経営を実現するためである。
> それゆえに,バブル崩壊不況のなかで,銀行の持ち株制限が強化された。銀行経営健全化とともに,銀行,企業などの持ち合い株式解消が不可欠であったからである。

☆ ここでの議論のポイントは,先ほど述べたポスト冷戦下の国際社会が市場経済をキーワードに再構成されてきたことと対応している。市場経済モデルの中で最も優越したもの(デファクト・スタンダード)は,基本的には米国モデルであった。米国が投資銀行中心のモデルに転換した最大の理由は,英国のビッグ・バンに倣ったメイ・デイの金融規制緩和からで,それは冷戦崩壊時には既に10年ほどの蓄積があった。この蓄積を最大限に利用し,英米圏スケールでの国際金融再編を進めていった米国に,欧州の一部が続き,遅れて(というより,国際決済銀行(=BIS)に引き摺られるように大蔵省(当時)と日本の金融資本が「日本版ビッグ・バン」の御輿を上げたのである。現在の会社法に至る商法の改正作業が結実していったここ8年ほどは,さらにインフラとしてのインターネットという強力な統合手段が現れたことで「遅れた者は生き残れない」ことが明確化した。法律や制度が後追いになるのは仕方がないが,それでも遅れることは許されなかったのである。

> 結果はどうか。15年前と比較して金融機関と事業法人の株式市場における保有比率はともに約10%低下したが,数字上は,それを外国人が全部肩代わった姿(2005年末外国人保有比率27%)となっている。個人の保有比率は約20%で,ほとんど動かなかった。この事を裏側から個人金融資産残高比率で見ると,アメリカでは株式・出資が30%強であるのに対し,日本では約10%しかない。なぜ,もっと個人保有比率が高くならないのか。

☆ まさにここが構造問題なのである。個人投資家という時,もちろん株式投資をやっている人という意味があるが,投資信託などでリスク資産を購入した個人もまた増えている。これらは狭義の個人投資家には入らないだろうが,広義では市場の影響を受ける人達でもある。もちろんこれだけでなく,今後は定年退職により長年にわたって勤めてきた会社の持ち株会から株式を受け取る人も増えてくるだろう。個人投資家になる意思も無いまま,結果として個人投資家にカウントされる人達が増えていくことになる。今の優遇税制を単純に撤廃して不利益を蒙るのは,デイ・トレーダーばかりでなく,こういう人達ということになる。それでいいのだろうか?

> 07年には,外国企業による三角合併の解禁,郵政民営化の前進など,引き続き市場環境が大きく変わる。層の厚い資本市場を築くためには,個人投資家の育成こそ最重要課題だ。いま個人の証券税制に手をつける時ではない。
> 日本の革命的改革は道半ばである。すべてに大所高所の判断が求められている。

☆ 個人投資家の育成は,まずファイナンシャル・リテラシーの問題でもあり,自らリスクを取って行動することは,ひとえに株式投資だけでなく,これからの自立した個人に求められることである。デイ・トレーディングだけでなく,それぞれの資金の性格や自分の人生設計を念頭に入れた資産形成の場としての株式市場を経済だけでなく「家計」の基礎インフラとしていかなくて,市場経済社会を生き残る道はないのではないか。筆者の言うとおり「約束の時間だから」という近視眼ではない,大所高所に立った判断を望みたい。

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2006年11月11日 (土)

ウチ目均考(20)尊皇攘夷ガキズムを排す=大機小機「猪突」への反論

日本経済新聞 第43403号(2006年11月11日)第17(マーケット総合2)面

「大機小機」 アクティビストに対抗する方法

☆ これは暴論である。論者の猪突(以下全て敬称略)は,あたしの分析では盤側と並ぶ反株主主義反動論者だが,後者よりはまだまともな議論が書ける者と思っていた。しかし,それは呑気な勘違いだったようで,これから論評を加えながら全文紹介する内容をよく読んでいただき,猪突とあたしのどちらがマトモな議論をしているかお考えいただければ幸いに思う。

>アクティビスト(行動する株主)が再び動き始めた。今度は海外の投資家だ。アクティビストに対抗するためには,会社とは何かという原点に立ち戻って行動する必要がある。

☆ これが緒文。ここで想像されることは,猪突の認識は「村上ファンド」や「ダルトン・インベストメント」や「スティールパートナーズ」のような実質的グリーンメーラーだけがアクティビストということになる。ここから先の議論を決める定義の部分だから,これを疎かにすることは出来ない。

アクティビストとはどういう定義がされているか。かの論談のHPでは,6年も前に このような正確な認識 が書かれていた。驚くべきことに,論談にも彼等の立場があるから多少は割引かなければならないが,彼等の指摘が猪突盤側のような反動言論跋扈を日経の証券論壇に許していることは,ここまで来れば看過出来ない。論談を引き合いにするのが気に入らない人も多いだろうから(笑),もうひとつ。これは個人のウエブログだが,harry_g氏の ウォールストリート日記  からアクティビストに関するカテゴリを読むと,アクティビストからの手紙2006年3月14日)などに明快である。

☆ あたしがことさら猪突盤側のような反動言論に対して激しく反発するのかといえば,共同体としての株式会社が株主のものであるということは,反動言論者達が株主に対する感情論を剥き出しにする一方,そのような株主の跳梁跋扈を許した経営者の責任(法的に言っても株式会社の経営の責任は第一に取締役にあり,それを監視するのは内部統制上は監査役であるし,外部的には会計監査人であり,最終的には株主であるからだ)という基本的な問題を一切語ろうとしないからである。

> 会社とは人と資本の協働の制度である。資本主義社会では資本の側が主導権を持つように設計されている。だからといって,煮て食おうが焼いて食おうが資本の勝手ということにはならない。労働だけで価値を生み出せないのと同様に,資本だけでは価値は生めないのだ。

反動論者がことさら強調するお馴染みの論旨だ。まず理解できないのは前提で,猪突は「資本主義社会では資本の側が主導権を持つように設計されている」と書いている。会社のことを書きたいのか,資本主義体制のことを書きたいのか。全く分らない。会社,とりわけ株式会社についてせめて法的な基礎知識でも持ってから話して欲しいものだ。江頭先生の大著(基礎編として推奨したい=爆=)でもお読みになることをお奨めしたい。

江頭 憲治郎
株式会社法

☆ 株式会社が出来るのは,会社という組織が個人で経営するには資本面に限界があるからだ。それでも同族会社のように資本の流失を抑えながらある程度の経営権を維持する方法は残っている。だが先日も出光興産が上場したように,ある程度の規模を維持しながら成長していく時,株式の公開は有効な手段である。資本と労働が有機的に結合しなければ株式会社は機能しない。それは猪突盤側にわざわざ言われなくても分っている。 問題は株式会社という形態とそれを公開するということの意味との差異を論じるのではなく,それを意識的に混同しているところにある。この点からの批判は後述したい。

> それにもかかわらず資本の側に主導権が与えられているのは,人の意向を無視すると資本の利益にならないからだ。合理的な損得勘定をする限り,資本の側は人の側の意向を無視できないのだ。労働の側に主導権を与える制度は長続きしなかった。資本の側の意向が無視されてしまうことが多いからだろう。

☆ やはりこれも会社組織と体制論の意識的な混同である。なぜここでソヴィエト形態の失策かロバート・オーエン の失敗が語られるのか,あたしには理解できない。また,公開会社での株主(多数株主)と資本とを等価の議論にするのは,そもそもの議論の立て方が間違っており諸元前提おかしいシミュレーションが㌧でもない結論(=破綻)を招くのは必定だが,そのバカバカしさをこらえつつ,先に進みたい。

> 資本の側が問答無用の姿勢で臨んでくる時に,人の側がとりうる対抗手段は,「無視できるのなら無視して御覧なさい」という姿勢を貫くことだ。そのときに邪魔になるのは,「会社はわれわれのものだ」という日本的会社観と会社への忠誠心である。難しいけれども,「会社は彼らのものだ」という会社観に切り替えることである。

☆ やれやれだ。この一文を見た時,あたしは,昔(=あたしらが大学にいた頃)の出来の悪いアジ演説を聞かされたような不快感というかバカバカしさを思わずにはいられなかった。もしかしてこの人達(=猪突盤側)は,70年安保の頃まで頑張ってデモってたオサーンじゃなかろうかと。さすが転びマルチャン(=平岡正明命名)は考えることがプッツンして面白すぎる。(´∀`)

猪突殿に申し上げるが,CSRとはいったい何ぞや?おまいら反株主反動論者の視点は,情けないほど矮小・短絡的で,まさに左翼小児病典型にしか見えないんだが,何か?資本主義社会の公開会社では,株主経営のであり,労働者のであり,株主以外の全ステークホルダーのであり,社会のだとでも言うのだろうか?おいおい。株主総会屋グリーンメーラー決め付けなければ納得しないのか。。。いやまあ,呆れて物が言えないとはこういうことを言うんだよ┐( ̄ヘ ̄)┌。

> そのうえで「会社から取れるものはすべて取る」という姿勢で臨むことである。経営者自らと従業員に大盤振る舞いをすればいい。これまでは自分たちの会社だと思っていたから安く働いてきたが,これからはそうはいかないと投資家に説明すればいい。

☆ 再び猪突殿に申し上げるが,君はビートルズ「革命(Revolution)」というを知っているだろう。そこでジョン・レノンは,こう歌った。「毛主席の写真を掲げて歩いても,世の中はちっとも変わりはしないよ」。今さらながら,この歌を謹んで差し上げたい(爆笑)。君が言うアクティビストは,どうやら米帝の手先そっくりだ。ここで君とイデオロギーの対話をするはあたしには無いけれど,ステークホルダーとして株主が経営に物申すことは,下に掲げた悪徳経営者のように会社を食い物にすることではなく,会社が資産(=意味わかるね?現預金として退蔵している金銭等価物遊休地として眠っている土地など)をより有効活用具体的に言えば,ここ数週間の総合電機会社(=日立・東芝)やトヨタなどが行ったように)し,その結果が日頃の営業活動の結果を財務的に支援する(前者は営業利益,後者は経常利益もしくは特別利益として)ことで会社自体の付加価値を上昇させ,その結果を時価総額の増大剰余金の配当という形で株主に還元し,少数株主に長く資本的支援者となってもらい,そのことで社会的責任(=レゾン・デートル)を明確化するという使命(ミッション)を果たすことだ。法人税などによりこの利益は国家も享受し,そうやって社会全体が栄えていくことで国家基盤はさらに強化される。これはごく当たり前の道筋であろう。

ジョン・A. バーン, John A. Byrne, 酒井 泰介
悪徳経営者―首切りと企業解体で巨万の富を手にした男

猪突が1940年代後半の日共冒険主義に与(くみ)して「工場にペンペン草を生やしてやる」と息巻くのなら勝手に吠えればいい。しかしそういう演説は少なくとも証券論壇ではお断りしたい。ここは零細な個人投資家が企業の成長と共に自らの資産を増やすことに自分達の使命と考え,真剣に読んでいる場所なのだ。彼等をも侮辱するアジ演説をこれからも稿料を貰って,ここで垂れ続けるつもりなら,冗談はお前の顔だけにして,とっとと出て行け。ヽ(`Д´)ノ

> 会社のため,顧客のためなどということは一切考えず,自分たちの利益だけを考えることだ。そうなると,日本の会社はガタガタになってしまう。当然のことながら投資家の利益にもならないだろう。こうなる危険があるときには,投資家も節度を持って行動せざるを得ない。「アクティビストが出て行かない限り開き直る」とはっきり宣言すればいい。

気でも狂ったか?ここまで見境の無い論旨をよくこのに書けたものだ。日本人なら恥を知れ。お前が書いていることは,まるでそこいらの厨房2ちゃんねるの株板書き散らしている罵詈雑言同じ。いやもっと正確に言えば,大学が授業料を値上げするのは不当だから,こうした資本主義的搾取に抵抗する為に我々は全学無期限ストに突入するとでも叫びながら自分に酔っているお目出度いアホ面が見えるようだ。こういう主張は,まさに外国船打ち払い令と同じで,ウサマ・ビン・ラディンたちの主張に乗せられ自爆テロをする輩とも同義だ。

☆ 冷静に考えてみれば良い。会社が潰れて困るのは誰か?一般労働者だろう。さらに言えば,大して専門能力も磨けないまま企業内の政治で出世したホワイトカラーの中間管理職だろう。まあ努力しないのは自業自得かもしれないが,開き直って会社側に整理解雇の対象にされるのは,組合員でもない中間管理職に決まっている。アクティビストが出て来ただけでこんな祭を起こしていては社会は混乱し,世界の大部分の真っ当な投資資金は日本から資本を引き上げ,資源も何もないこの国がアッという間に没落してしまうのは,火を見るよりも明らかだ。

> 今回のようにアクティビストがTOB(株式公開買い付け)という問答無用の策をとってきたときには,開き直り作戦しかないのかもしれない。日本の人々は手ごわいとわかれば,海外のアクティビストは過剰な介入を控えるだろう。日本の会社制度を守るという大義名分があれば,取引先の経営者や従業員も理解してくれるはずだ。

☆ あたしには日本の市場を最も馬鹿にしているのはアクティビストでもなく,そんな輩につけ入られるような間の抜けた経営していた者でもなく,猪突盤側のような反動主義者ではないのかとしか思えない。日本の会社制度と猪突は言うが,イノシシ(=堀江貴文)が昔(=ニッポン放送株騒動の渦中に)言ったように「嫌なら上場しなければいい」のだ。

☆ ところがそれだけでは足りない。最近流行のMBOによる非公開化。この汚さについて猪突盤側自らの責任見解を明らかにすべきだ。今回のレッグスHDなど株主舐め切っているこの会社が再上場しても,あたしは絶対に買わない。株主(特に少数株主)には,こんなリスクすらあるというのに,反動論者は自分の都合の悪いことには黙して語らずなのだろう。お前らみたいなのをモラル・ハザードと言うのだよ。

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責任問題

☆ なかなか興味深い記事があったので紹介する。

米中間選挙後に世界は混乱する?
http://tanakanews.com/g1107america.htm

> アメリカで、ここ数カ月の株価上昇など経済の活況は、ブッシュ政権の「下落防止チーム」による粉飾的な選挙対策だったのではないかという見方が出ている。

☆ こんな物騒な出だしで始まるレポートは,今月7日にリリースされている。詳細(上記リンク参照)と論評は控えたいが,筆者(田中宇)はプルラリズム政治的多元主義。決して競走馬の名前では無い。誰だ,こんな名前付けた馬主!!ググッている時,苦労したぞヽ(`Д´)ノ))の立場から米国一極のコーポラティズムを崩壊させることを「アメリカの中枢にいるのは世界を多極化したい人々だろうと分析している」と表現しているが,これも興味深い。思えばプルラリズムとコーポラティズムなんて四半世紀以上昔に勉強した話に,今頃になってまた行き当たるとは夢にも思わなかった。(´∀`)

☆ ところで,先日もメモ程度に書き残したが,ここ数週間で気になった話を書いておきたい。

(1) みずほFGのNY上場について

☆ これ自体は少なくとも悪い話では無い。またみずほFGは,NYSE上場に際して資金調達をするでもなかったので,株式需給的にはニュートラルというよりややプラスであろう。が,上記リンク記事ではないが,みずほFG上場メガバンク株の下落基調ハッキリとしてきたは,何を意味するのだろう。

☆ こう書けば「陰謀論者」に与(くみ)すると思われるかもしれないが,この数ヶ月,めったに姿を現さなかったGS銀行株アナリスト日本経済新聞経済教室寄稿したり,日経CNBCにわざわざ出てきて所説を開陳されるなど大活躍であった。このアナリストによるとリテールの拡充に積極的みずほFG推奨されるということだったが,これが何かの偶然だというほど,あたしはお人よしにはなれない

(2) トヨタ自動車を始めとする決算報道について

☆ これについては,報道の特徴の違いといってしまえばそれまでだが,TV報道が決算発表に対する「その場の解釈」を反映しているのに対し,新聞報道は「よく読めばこうなる」的なニュアンスがある。確かに一長一短あるのだが,新聞を読んだだけでは,なぜ前日の株価がこう動いてしまったのかが理解できない。

☆ その全てを報道するには新聞の市況欄・財務欄は小さすぎる。本来「日経金融新聞」でかい相場表を載せるのではなく,こうした微妙なニュアンスの違いまで根気良く報道して初めて価値があると思うのだが,その辺の充実の無さが購読する気を失わせる最大の要因だ(あと偉そうに不敗の何とかとか書いてたオッサンに原稿料を払っているのも馬鹿馬鹿しかったし(^▽^;))。

☆ ことトヨタ自動車については,銀行等保有株式取得機構信託口が保有する株式の売出し の報道を打ち消すように,いすゞ自動車との資本・業務提携が発表された。実はこれらと同時に,トヨタ自身の自己株式取得 もリリースされ,実行されているのだが,一連の騒動の中で翳(かす)んでしまっている。

☆ もちろん上記プレスリリース通りにトヨタ自動車には一切非が無いことを確認しておく。ただいずれこの騒動というかトヨタの積極的な姿勢を評価する動きの中で株式の売出しの広告が出てくるのかと思えば,あまり良い気はしない。

☆ こうした一連の動きを見ていると,銀行等保有株式取得機構は少なくとも上場来高値圏トヨタ株売出しによって売り切ることが可能で,ザッと考えて取得時の価額の7割以上高い値段で売り払い出来る事になる。それはそれで公的資金の負担を減らす効果はあるだろうが,こうした一連の株式処分が終わった途端に,証券税制の優遇措置金持ち優遇の格差是認だのというクソの役にも立たない理屈世論形成して,なし崩し的税率にされるのではバカを見るのは投資家ということになると思うが,何かヽ(`Д´)ノ。

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2006年11月 7日 (火)

After MURAKAMI

☆ 本日付の各紙報道によると,村上世彰被告が友人に宛てた手紙の中で,MACの事実上の清算を明らかにしているとのことである。

村上ファンド解散へ=「出資金返還にめど」-関係者に報告

> インサイダー取引事件で起訴された村上世彰被告が設立した「村上ファンド」が、近く実質的に解散する方向で調整に入ったことが7日、分かった。同ファンドは事件発覚後、投資家の出資解約が相次いだため、保有株式を売却し、運営規模を縮小。前代表である村上被告がこのほど関係者らに「出資金の返還にめどが付いた」と文書で報告した。株式の売却が完了し次第、年度内にも解散する方針とみられる。 (時事通信) - 11月7日11時1分更新

☆ これで何かが終わったのかといえば,確かに終わったと思う。例の如く村上をこき使って美味しいところだけを食い散らした外資千ン億は,新たな目標に向けてグリーディに嗅ぎ廻っていることだろうし,白コアラのような臆病な例外を除いて,村上ファンドに出資した者達は村上言うところの「キャッシュ・マウンテン」から堂々と解約金を引き抜いて涼しい顔をしていることだろう。あえてどこかのノンバンクとは言わないが。

☆ しかし「村上的なもの」がこの国の資本市場に投げかけた疑問は,例え本人が国策捜査のターゲットとして斃れたところで(爆笑),何ら解決してはいない。先ほど紹介した苦虫の認識が正しいように,この国の資本市場は個人投資家に対して何ら門戸を開いておらず(証券会社ではない,資本市場である),政府も口先のビッグバンと喉から手が出るほど欲しい増税との間(はざま)で,何ら有効な手立ては取れないでいる。

☆ その一方,資本の論理はどうかといえば「王者のディール」を仕掛けた王子製紙は,見事に足許をすくわれ,製紙業界では業界団体の中にまでその相剋が持ち込まれている始末だし,村上逮捕時にNHKで経営者が吼え散らかしていた明星食品は,スティール・パートナーズに引っかき回される。そうかと思えば,大量保有報告書を何年間も提出しなかったダルトン・インベストメントが大手を振ってサンテレホンの株式を買い捲っている。そこには,苦虫が言う「規律」のキの字もありはしない。

☆ こういう現実が写し絵になっているものは,村上世彰とか堀江貴文だとか宮内亮治だとかいう固有名詞に問題を矮小化したところで,この国の資本市場が抱えている病巣は何の変化もないということではないか。それは会社は誰のものかという一種の感情論にも似た解決無き袋小路の議論ではなく,会社とはなぜ存在するのか,資本市場とはどうして必要なのかというもっと基本的なところの認識のなさ。これに尽きるように思えてならない。

☆ 資本主義国家に住みながら,資本主義とは何か理解していないというのは,かなり滑稽な光景である。こうした基本的な疑問を持てないのであれば,堀江だろうが村上だろうが,固有名詞と関係なく,これからも何回も同じ光景を見ることになるだろう。

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ウチ目均考(19) ここはどこ,あたしはだあれ?

日本経済新聞第43399号(2006年11月7日火曜日)第17面(投資・財務2)コラム「一目均衡」=「主役は家計」の覚悟はあるか=

苦虫こと末村篤特別編集委員による「一目均衡」は,先週の猫撫で声こと前田昌孝編集委煽り厨房対する反論支援する内容で,これもまた読み応えのあるものだった。苦虫の論点は,ズバリ「個人(投資家)が安定株主として定着するか」が(バブル崩壊後の)「持ち合い崩壊後の株式市場の構造変化の行方」の鍵となるというもの。これを本質論として理解せずに,またぞろ「デイ・トレーダー攻撃が始まった」などと偏狭に受け取ってはいけない。くれぐれも警告しておく。苦虫の今回の指摘は全く正しいのであるから。

☆ 株式市場を資本市場として捉えた時に,どのような光景が見えるか?この視点に立つと持ち合いは,ある意味財閥(コンツェルン)や企業合同(トラスト)よりも性悪だった。ことに持ち合いの中心にいた金融機関がモラルハザードを起こした時に,それは財テクを出発点とする相互バブルとなり,数多の無駄な資本調達(体の良い市場からの資金かっぱらい)が発生した。当然,そこで調達した資金に合理的なリターンは期待できないから,持ち合った大量の株式と共に互いが資本的に没落していくという「抱き合い心中状態」に陥ったのが1997年秋と2003年春である。

☆ さてその後,資本市場はどうなったのかと言えば,苦虫はこう書いている。

> 金融機関と事業会社が主役の座を降りた株式市場は,短期売買の外国人投資家と個人投資家が売買シェアを二分し,保有シェアは外国人の存在感が飛躍的に高まった。

☆ その名残りは,今も「寄り前の外資系証券会社売買動向(集計)」なる風物詩に詳しい。

> 外国人が存在感を高めたのはリスクを取った結果だが,ヘッジファンドなどの投機を助長する異常な金融環境も無視できない。ビッグバンがもたらした規律なき自由化と取引コストの低下が,企業による市場の乱用と個人投資家の投機を誘発した。

☆ いつもの文脈だが,賛否双方がある。確かに異常な金融状況に追い込まれたのは事実である。どこかのクルーグマンとかいう頭の良い学者が脳内ででっち上げた「環境」を実際に「市場テスト」させられたのが,速見日銀だった。しかもその背景には,みっともない接待政治(といっても対象は大蔵省と日銀だった)があったのだから,誰を責めたらいいのか,正直分からない。しかしネットバブルに個人投資家が邯鄲の夢を見たことを苦虫が責めるのであるならば,そこまで護送船団を維持させたのはあんた達メディアの監視機能が記者クラブ制度で骨抜きになっているのも大きな要因ではないかと反論したい。

☆ さはさりとて,自由化に規律もなければ保つべき矜恃もなかったことは指摘の通りである。いつの間にか若者が金持ちになり,周囲で見ていても醜悪なほど野望を膨らませた挙げ句に「パン!」と弾けるさまは,10年も経たない昔に浜田省吾が歌った情景(=銀行と土地ブローカーに未来を売り渡す)にそっくりだった。それは苦虫が言うように自由な競争の必要条件であったはずの規律が喪失していたからである。松尾前検事総長が言った如く事後的救済の究極の手段が検察法務であるとすれば,確かに国策捜査の謗りは免れないものの,ここまで事態を放置した者達の不作為の責任を,苦虫は「誰に」求めるのだろうか?そういう感想とは関係なくここで論旨は進んでいく。

> グローバル化の時勢とはいえ,日本以外で外国人株主の保有比率が25%を超える主要国は目ぼしい産業がない英国(約30%)ぐらい。米国は約10%で,ドイツも20%以下だ。一方,日本の個人金融資産に占める現預金比率は50%を超え,米国の13%,英国の26%,ドイツの35%に比べ突出している。

> 国内に潤沢な資金を抱えていながら,上場企業の株価と経営の支配権を外国人に握られて良いのかという疑問はあって当然だろう。ミスマッチを解消するには,法人に代わって個人が株式を保有するための条件整備が不可欠になる。

☆ 総論賛成だ。ただ消費財を生産する食品業(例えばカゴメ)のように,広く自社製品及び会社を応援する個人株主を募り,長期保有を促すような仕組みを企業戦術として意識できる会社は限られる。世の中には「時代の寵児」のような業種や企業があるが,そのような企業でもステークホルダーとしての株主を選ぶ権利もなければ,いつまでも株主でいて貰う権利もない。法人に代わって個人が株式を保有するという時,それは一企業の戦術としての個人株主作りから資本市場全体に個人の資金を広く薄く入れていくという戦略までの広い意味を包含している。苦虫は当然,後者について語るわけだが,それは「株価の支配権と経営の支配権を外国人に握られて良いのか」という問題意識から発するのであれば,ちょっと違うような気がしなくもない。

> 法人は借金の金利が所得から控除され,株式の投資損益は総合課税ですべての所得と通算される。政策保有の法人株主は取引で得られる利益を配当に上乗せして投資採算をはじいていた。翻って,個人株主は税引き後の所得から投資資金を工面し,投資損益の通算範囲も狭く,株式保有で得る利益は配当に限られる。

> リスクの吸収力とリターンの計算で法人と個人の格差を埋めなければ,移行がスムーズに進まなくて当然だ。国民に長期保有を望むのならば,税率の優遇もさることながら,損益通算の範囲の拡大と配当二重課税の撤廃が課題となる。

☆ 煽り厨房菅直人は,この部分を煎じて飲めばいい。苦虫が言うように日本の個人投資家は二重三重に足蹴にされ,踏みつけられ,その挙げ句にほんの一部の大成功者を引き合いに「弱者救済・格差是正」も人柱にさせられるのである。誰がこんな国の資本市場に投資するだろうか?それだけではない。前回も書いたように,今や投資信託や年金資金によって国民(その八割が非富裕層であり,その一割は恐らく貧困層である)の資金が資本市場に投じられていることを前提にすれば,そこから不適合者を排除しながらも,市場そのものを育成することによって,国富を増大させることが,国家の老齢化への基本的な対策であることはどんな不勉強な政治家でも理解できるだろう。

☆ 格差是正と言いながら資本市場を潰してしまえば,もとより資本主義は立ちゆかなくなる。まして日本のような「疑似社会主義」が国家の年齢構成や国際環境の変化の中で行き詰まっているのが明白な状況の中で,誰が好きこのんで角を矯めて牛を殺すような真似をするというのだろう?この後引用する苦虫の論説はそうした日本的社会主義の終焉の覚悟を問うものでもある。

> 「貯蓄から投資」の実現には覚悟が要る。政府は市場の整備に加え,税制など制度全般を見直し,日銀は金融政策の正常化に務める。企業は労働と資本の適切な分配で持続可能な成長を図り,金融機関は顧客本位の投資運用業に変わるか,新しい担い手と交代するかだ。民営化後の郵便局の生きる道もそこにある。

☆ ここでの論点をまとめる。(1)政府=市場の整備には当然,厳しいルールの厳守とそれによって担保された自由な市場の創出がある。税制については先に書いた。(2)日銀=円キャリートレードの根を絶つこと。国家の潜在的成長率を自然と達成できる軌道まで金利水準を緩やかに上昇させる。ただし,三重野日銀の失政に学び,市場との対話,メッセージ(軌道修正も含めて)の明確化により金利の番人という裃(かみしも)をサッサと脱ぐこと。(3)企業=目先の株主対策ではなく,CSRを基本とする自らのあり方を明確にして世の中に問う姿勢を保つ。それが出来ない会社ごっこ企業は一斉退場して貰う。(4)金融=間接から直接への趨勢の中で米国流金儲けと早期リタイアではない資本市場の担い手としての矜恃を保つ行動を取るか,その能力のあるものにその座を明け渡すこと。

> 企業丸抱えで政府に頼ることに慣らされてきた日本の中産階級は,成熟した経済と社会を担う中産階級への脱皮を迫られている。

☆ 『チューサン階級の冒険』を嵐山光三郎が書いてもう四半世紀になるが(爆),中産階級と言っても言論を担う者の責任は更に重い。記者クラブ制度の弊害が目立つ今,真に資本市場に必要な言論のあり方が何なのか,あたしは苦虫に問いたいと思う。チューサン階級だけが,愛の世代の前の一瞬の嵐に遭わなければならない道理はないからだ。

> 投信を含む個人の健全な株式投資が根付くかどうかは,金融機関にお任せだった個人が経済主体として自立できるかどうかの試金石になる。株式市場は日本が今,法人中心の企業社会から家計中心の市民社会へ転換するかどうかの分水嶺(ぶんすいれい)にあることを示しているといえる。

☆ 全く同感である。だからこそ,再度言いたいのだが,この大事な時期に目先の人気取りや目先の税金取りの言うがままになって,お馴染みの「なし崩し」の中で個人投資家が踏みつけにされないよう,言論人たる苦虫は,決死の覚悟で先頭に立って旗を振るべきではないのか。ドラクロアの絵のように。あなたにその覚悟があるのなら,あたしは惜しみなく応援する。でも無いのなら,今まで通りだ。

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2006年11月 6日 (月)

材料なし

さしあたって下げがどこまで続くか見ないと,
先週みたいな買いも入れられない状態。
この時点で底値を拾うのは無駄な骨折りとみた。

とりあえず眠ったふり。。。
ただしどこかでを引く必要はあるけど。

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2006年11月 4日 (土)

来週の相場展望分析【FISCO編=5=】

素材 クラブフィスコ ウィークリーメールマガジン 2006.10.27 No.97
(FISCOもドジっていて,日付の更新が出来ていない。実際は2006.11.02号)

<今週の相場概況>
 10月半ば以来の16400円を割り込むなど、大幅下落で始まった今週の日経平均は、その後も米景気減速懸念の高まりなどを背景に利食い優勢の流れが続いた。週末が祝日となるため今週は4日立会いとなったが、前半戦はTOPIX浮動株価比率見直しに伴うリバランスの商いが中心となった。このインデックスイベント通過によるアク抜けも期待されていたが、NYダウが4営業日続落と高止まりをみせているほか、為替の円高基調の影響もあって、先週同様、国際優良株への利益確定の流れが続いている。また、25日線が上値抵抗線として意識されるなど、上値の重さも嫌気されている。中間期決算が本格化する中、期待先行の部分が剥がれている面もあり、次第に様子見ムードを強める格好である。


☆ 今週(まだ土曜日なので,こう書く)の相場は,ひとことで言って非常に質の悪い展開だった。基本的に中間決算発表は材料を消化するだけの要素を既にアナリストレポートや日経などの観測記事で書き尽くされている優良株ほど反応が低く,アナリストがカバーし切れない中小型株や元々疑惑の目で見られがちになっている新興市場株は明らかに逆業績相場の色彩が強かった。材料が出ていたものは,その時点で消化されるという効率的市場仮説が成り立つ展開というのは正直に言って退屈なものである。
逆業績相場の要素を追いかけてみると,特損などの一時的要素に過剰反応した例よりも,売上高の減少がトレンド的に見られることへのサプライズなどが牽引している部分が大きく,こうした反応は市場としては健全なものだと思われる。

☆ 不健全なのは,市場を育てることと目先の大衆受けとのバランスも取れない煽り厨房がいまだに代表代行にいる対抗野党の情けなさにも見られたが,それ以上に不健全に思えたのは,先物を巡る仕手まがいの空中戦である。水曜・木曜の日経平均先物の日足を見て真っ当な相場だと言うのであれば,牽強付会と言うべきかお目出度いと呼ぶべきか迷ってしまう。こんな尻尾が胴体を振り回す展開が果たして来週のスモールSQで終了するのだろうか?非常に疑問なのだが。。。

<来週の相場見通し>
 内需関連や中小型株を物色する流れもみられたが、先物市場での大口売買に翻弄される状況から、資金の逃げ足は早い。主力処の一角には外国人投資家の買いが入っているとの観測がある。しかし、全体が膠着感を強める中では上を積極的に買う必要はなく、下値で拾っているため指数を押し上げる要因にはなっていないようである。反対に、米国市場が膠着感を強めてきているため次第に慎重ムードが強まってきている。市場が弱気に傾きつつあるため、ここにきて高水準の裁定残高のよる先行き需給懸念を意識する向きが増えてきている。


☆ FISCOの牛熊談義を見ていると,投資主体動向の話を書いている。先月は,個人が1兆1,995億円の売り越し(2005年8月の1兆2,030億円に次ぐ過去2番目の規模)だったのに対して,外国人は9,997億円と2005年11月以来の大幅買い越しだったから「個人の売りを外国人が吸収した」と結論づけているがどうだろうか?個人が先月売らされたのは,主に新興市場のメイン株が暴落モードに入ったため,三市場でも新興色の強い銘柄を売ったり,利益の出ている内需(銀行,鉄鋼,資源・商社株あたり?)と合わせ売りをした可能性がある。

☆ いずれにしても,ファンドの決算だのラマダンだのといかにもありそうな材料を駆使して売るぞ売るぞと見せかけては,コッソリ買っていた外国人投資家「お主も悪じゃのう」(>_<;)。


 また、先物市場でもこれまで順ザヤに推移していた先物と現物のスプレッドが縮小し、TOPIXに至っては逆ザヤとなってきている。そのため、仕掛け的な動きが強まり、今後裁定解消売りを誘発させる動きが出てくる可能性はありそうだ。また、来週は様々な経済指標やイベントが控えており、外部環境の影響を受けやすい。米国では7日に中間選挙が行われる。また、6日にシカゴ連銀総裁講演、クリーブランド連銀総裁講演、サンフランシスコ連銀総裁講演、8日にシカゴ連銀総裁講演が予定されている。国内では7日に日銀総裁講演、9日にオフィス空室率、特定サービス産業動態統計、工作機械受注、景気ウォッチャー、10日には機械受注の発表が予定されている。また、8日にKDDI、NTTドコモ、ソフトバンクの10月の携帯電話純増数と累計契約数が発表されるほか、同日にはソフトバンクの決算が予定されている。これらイベントの影響を受け、先物主導による仕掛け的な売り、若しくはショートカバーの動きなどに現物市場が振らされることになりそうだ。

☆ こういう重要週は,むしろ要注意だと思う。いかにも相場に影響がありそうな経済指標だの中間選挙だのとそれなりに理屈の立つ材料が目白押しというときに限って碌な結果にはならないものであるから。あたし自身は,単位で200,000円~500,000円台の中低位株にしつこく注目している。悪材料を消化するというより,今のような逆業績サプライズ相場では,出てしまった材料をどう消化するかの方が大事であると思う。材料に先回りする投資は,少なくとも来週は考えていない。

☆ 気になるのは,またぞろ商品市場が上げ基調になっていたり,今年見事に振り落とされたムンバイ指数が,再び新値を取ってきたりと,優良株や債券に逃避していた資金が動き出していること。反面,円キャリートレード規制を懸念して円が少しだけ高くなっている。このあたりもまた心理戦の外延が広がって厄介な気がするのだが。。。

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2006年11月 2日 (木)

冗談は市場の外で言ってくれ

ダルトン・ストラテジック・パートナーシップという名前は,チョッとは海外投資家動向を知っている個人投資家だったら知らない者はいない存在だ。そのダルトン殿が大量保有報告書財務局への提出知らなかっ言い逃が出来るというほど,日本市場を舐めて貰っては困ると思うのは,あたしだけだろうか?

> 株の大量保有報告、2年間も放置=報告義務知らず-英ファンド

> 英系ファンドのダルトン・ストラテジック・パートナーシップが過去に買い占めたカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)と紀文フードケミファの両社株式について、大量保有報告書と変更報告書の計15通を長期間にわたって提出していなかったことが1日までに明らかになった。両報告書とも株式を大量に売買した場合などに証券取引法で原則5営業日以内の提出が義務付けられているが、最も古い報告書で約2年間も未提出のままだった。
> 英ダルトンは先月31日に報告書を一斉に関東財務局に提出。「最近まで報告義務があることを知らなかった」と釈明しているが、CCCと紀文フードは「英ダルトンが大株主になっていたことは知らなかった」と不快感を表明しており、ファンド側の情報開示姿勢が問われそうだ。 (時事通信) - 11月2日7時1分更新

金融庁には遠慮なく同ファンド殿の日本代表をお招きいただき,事情を存分に説明して頂くと共に,同ファンド殿の日本オフィスもしくは口座管理人,場合によっては英国の本拠にも出向いて,同ファンド殿が世界各国で投資を行う際に投資先国に於いてきちんと法令遵守した活動をされているのか存分にお調べ頂いたうえで,業務改善命令,場合によっては業務停止命令などの適切な処置をなされることを切にお願いするものである

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