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2006年9月 5日 (火)

ウチ目均考(12)~経済教室 新会社法と金融商品取引法 感想

経済教室 新会社法と金融商品取引法 感想
(日本経済新聞 第43338号(2006年9月5日)第27面 神田秀樹 東京大学教授)

☆ 日本経済新聞の社説に相応しい議論,問題提起だと思う。もっとも昨日指摘したように,斯界の権威の力を借りないと,これを書けないのが現在の日本経済新聞というメディアの実情である。

☆ 日経のことはどうでも良く,本論に入る。神田教授は,まず「新」会社法の考えていることは分量に比べシンプルであり,かつ世界の流れに沿ったものだと指摘する。会社法施行に伴う影響について教授は次の五点を指摘する。(1)組織形態と組織再編の自由度の高まり(2)機関設計の自由度の高まり(3)経営の透明性と説明責任の向上(4)会計の適正化の向上(5)大規模会社において内部統制システムが適正に機能すること。

☆ これを序論として,教授は「金融商品取引法(現:証券取引法。本稿でも以下「証券取引法」を用いる)」について論を進める。議論の前提として昭和40年代の粉飾決算事件(サンウエーブ工業事件,山陽特殊鋼事件,日本熱学事件辺りを前提?)との比較から,商法(会社法)による企業規律から証券取引法における投資家保護の裏面としての企業統治に重点が移ってきたことを指摘する。ここで教授は会社法と証券取引法を統合した「公開会社法」を作るべきだろいう意見を引用し,これに賛意を示している。

☆ 神田教授が指摘するように,今後は大企業(評者注:公開企業およびそれと同等のものと推定)にとって「証券取引法の重要性が格段に増す」ことになるし,仮に先ほど述べた「公開会社法」が施行されるとすれば,「公開会社の企業統治は証券市場が要求する情報開示・会計・監査・コンプライアンスなどの要求を確実に担えるものでなければならない」だろうし,「企業統治と責任体制についても,(中略)企業集団ベースでとらえるべき」ことになると思う。

☆ 神田教授が指摘するように,「会社法と金融商品取引法の施行は日本の法制度を世界に遜色ないものにするのに不可欠な改革である」一方,現在進行中の「イノシシ」裁判や「誤発注祭り」などに表層的に現れるように「株式市場の信頼を大きく揺るがす事態」が実際に発生している。この点でも教授の認識は明快で「株式市場は自由な市場であることを基本としながらも厳しい倫理と規律が求められる国にとっての重要な資産」だという。そして「その基本はそこに参加するヒト」であるから,株式市場について法がなすべきことは,「その信頼の回復・確保」であり「公正さと透明さを法が守り抜く必要がある」。そのためには「相場操縦やインサイダー取引その他の不公正な取引を法が厳しく監視・禁止し,受託者責任(業者が顧客に対して負う義務)を法が厳しく問うなど,法がもっと前面に出る必要がある」。

☆ 敢えて評するまでもない。ここまで明快な認識があれば,何のために資本市場が存在するのかといった根源的かつ皮肉な質問にも回答できるだろう。そして受託者責任を全うし得ない日本経済新聞社元従業員の不祥事に対しても,強烈な皮肉に聞こえるのだが。。。

☆ 興味深かったのは「最近の一連の詐欺的な事件をどう評価すべきであろうか」という後段。一部にある「規制緩和が生んだ弊害」という俗説を排し,「問題は,規制改革や構造改革「後」のルール不足だ」と指摘する。この「規制改革」とは神田教授なりの造語で単に緩和(=緩めた)のではなく,規制から自律へと制度を改革したのだという認識がある。

☆ 神田教授が言うように「市場の公正さを担保するに十分なルール」の整備とその実現(エンフォースメント=enforcement「法律の施行」などの意味を持つ)体制の確保が喫緊の課題」だ。特に現行制度の不備を突いたグレーゾーン金融工学を放置するのは,ある意味市場内「オレオレ詐欺」みたいなものだし,「会社ごっこ企業」の退出は資本市場の健全化には欠かせない。両者およびアナリストの「メーク・マーケット」問題は,いい加減で個人投資家(ひと握りを除く)保護を空文にしないためにも必要不可欠ではないかと感じる。

☆ このあとも重要な指摘がある。教授は「企業価値とは何か」とも書いているが,要は「株主の利益か従業員の利益か」「会社は誰のものか」という問題だ。これを言い換えると「株主の利益と従業員の利益がどこで両立しどこで両立しないのか」という事だという。

☆ 神田教授は一般解として「企業によりその置かれた状況により異なる」とし,続けて「企業統治の問題をどう受け止め,どのように対処したらよいのか」と言い換えたうえで「企業統治とは,不祥事を防止し,企業が繁栄するするための仕組み」「企業価値を高めるための仕組み」であるから,欧米に学びつつも日本流の「器用な」統治方法を作らなければならないとまとめている。

☆ これは非常に重要な指摘だ。デフレ期にムーディーズがトヨタ自動車を「日本的労使慣行に固執すること」を理由に格下げして物議を醸した。結論から言えば正しかったのはトヨタ自動車である。が,反面グローバル化の進展と共にトヨタ自動車にとっては生命線と思われる品質保証に綻びが生じているのも事実だ。こうしたところに日本流を求める難しさがあるように思う。

☆ また株主の利益については,たまたま先日の日経が紹介していたJ&J社の「我が信条」が参考になるだろう。「我が信条」では株主の利益は四番目に重要なものとされる。記事にもあるがそこにはこう書かれている。「我々の第四の、そして最後の責任は、会社の株主に対するものである。事業は健全な利益を生まなければならない。我々は新しい考えを試みなければならない。研究開発は継続され、革新的な企画は開発され、失敗は償わなければならない。新しい設備を購入し、新しい施設を整備し、新しい製品を市場に導入しなければならない。 逆境の時に備えて蓄積をおこなわなければならない。 これらすべての原則が実行されてはじめて、株主は正当な報酬を享受することができるものと確信する。」これ以上の回答があるだろうか? 

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