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2006年6月 2日 (金)

秋霜烈日

☆ 先週の日経CNBCエクスプレスに松尾邦弘検事総長が出演していた。内容は裁判員制度の説明と昨今の経済(市場)犯罪に対する検察のスタンスについてが主な内容だったと記憶している。

☆ 松尾氏によるとライブドア問題で検察が最初に注目したのはニッポン放送株式取得の頃だったという。当時は,ライブドアの株式取得に対するニッポン放送の対抗策について特別背任罪が成立しうる可能性があるというところから「私を含めてずいぶん勉強した」という。

☆ 今までは検察庁が経済犯罪に対して動く場合,大きく分けて二つのパターンがあった。ひとつは政治家が絡んだ贈収賄の案件,もうひとつは談合である。これは経済成長と共に経済犯罪の中でも国民からの非難が強まっている部分に着目してのことだろう。一般的な経済犯罪の場合,詐欺のような刑事事件では,警察が動くことになるし,場合によっては被害者の会のような形で弁護士から先に動くこともある(民事先行)。ライブドアを巡る対照的な動き(ニッポン放送のケースとライブドア自体の証券取引法違反事件)は,それらと異なり,検察のスタンスに変化が生じていることを示している。

☆ この点を松尾検事総長はこのように表現している。(日本経済新聞 第43241号 2006年5月29日第23面 特集「法化社会の企業責任(日経シンポ)」基調講演より引用)

>我が国は構造改革が進行中で、「事前規制型社会から事後制裁・救済型社会」へと大きく転換しつつあるといわれる。「透明・公正なルールに基づく自己責任原則のもとでの自由な競争・事業活動」が前提となる。

(中略)

>事後制裁の一つは行政処分。独占禁止法違反なら課徴金が課される。(略)

>司法面では,民事の損害賠償請求が制裁の一つの形だ。(中略)株主代表訴訟や被害者による損害賠償請求が制裁の一つだ。

>刑事事件は最後の担保で事後制裁の根底にある。刑事罰則は強化の方向にある。例えば証券取引法違反の罰則を懲役十年まで引き上げることも国会で議論されている。刑事司法は個人処罰が中心だったが,近い将来,法人処罰体系の抜本的見直しが必要になるのではと考えている。

☆ このように,法規範の番人たる検察の役割を自己責任原則の根底にあるものと定義し,最後衛に自らを位置付ける。これは検察という職業のプライド(威信)を現したもので明快であり,かつ興味深い。松尾総長の口を借りれば,検察は事後制裁の最終手段として存するのであるから,その役割は重大であり,決して犯罪行為を見逃してはならないということになり,そこには非常に強い意思表示がある。

>検察庁の守備範囲は最近は非常に広がってきている。特捜部を中心として贈収賄事件には相変わらず力を入れているが,新たな重点もある。

>一つは行政機能を阻害する罪。調査・検査の妨害や虚偽報告などで,事後制裁・救済の実効性を損なう恐れがあり,重い事件として考えざるを得ない。

>二つ目は司法の機能を害する罪。偽証や承認威迫(いはく),証拠隠滅などだ。従来は事案が解明されれば証拠隠滅は起訴猶予になったかもしれないが,今後は証拠隠滅は重く考えられることになる。

>三つ目は国民の健康,安全,財産に大きな被害を与える罪。株価操縦や有価証券の虚偽報告,食品や製造物の欠陥,あるいは環境の破壊などだ。

>四番目は公正な競争を害する罪で,典型は談合や競争入札妨害。改正独占禁止法で談合の東京高裁の専属管轄が外され,全国どこの地方裁判所でも裁判ができることとなった。中央だけでなく地方でも問題にするという国の姿勢の表れと受け取ってほしい。

☆ これは最初に示したとおりである。警察が地域社会の安寧秩序を守るためにあるのに対し,検察は犯罪として立件されるものに対する定義を明らかにした上で,事後制裁の最終手段として守るべきものは何なのかを具体的に挙げている。

☆ 四つの分類を見てみると,一つ目は検察機能に対する直接的挑戦者として位置づけており,二つ目は検察を含む司法機能全体への挑戦者として捉えている。三つ目は自己責任原則の対象である公共財として「国民の健康,安全,財産」を掲げ,それを脅かすものして捉えている。最後の四つ目は,企業の私的活動の充足を脅かすものとして捉えている。つまり,これらの脅威に対して公共財や企業の私的活動を含めた市民社会の秩序を守るために行われるべき最終的な事後制裁の行為者として検察の役割を説いている事が分かる。

☆ 松尾総長は日経CNBCの番組で修習生時代には弁護士志望だったと話していた。検察の説明で特捜部などの活動を見て検察官に志望を変えたと言っていたから,非常に道徳心の高い方とお見受けした。また,検事として記憶に残っている被告として20代で担当した連合赤軍事件のN,30代で担当したロッキード事件MルートのIなどを実名で挙げていたが,なるほど検事の中でも第一線のエリートであることも理解できる。


☆ そこで,今年に入ってからの検察庁(東京高検)の経済事件,特に株式市場関係への関わりを見ると,松尾氏が上で指摘している「自己責任原則の自由な競争・事業活動が果たして真に透明・公正なルールの下で行われていたのか?」という視点が明らかになってくる。

☆ 検察側からライブドア事件を見れば,有価証券の虚偽報告により,善意(=事情を知らない)一般投資家を欺いたというストーリィが成立する。また今回,村上ファンドに対して問い質しているのも,真に透明・公正なルールに基づいた投資行動であったのかという点に絞られてくるだろう。株主には投資をする自由がある。発行会社は株主を選ぶ自由はない。それは資本市場の基本的な仕組みである。しかし,その仕組みが成り立つためには「自由だ!」と叫ぶ投資家自体が市場を蔑(ないがし)ろにしたり,他の投資家を欺いて自らが不正の果実を得るようなことがあってはならない。それはもっともっと基本的な市場のルールである。

☆ 従って,私は検察庁がそうした公共財としての市場が投資の自由と株主の権利の名の下に踏みにじられることを断罪するのである限り,全面的に支持する。

☆ そして,これを支持できない者は,いかなる地位立場にあろうと,この国のあらゆる市場から退出することを強く希望したい。

しかし,万が一,たとえ検察であろうとも,一握りの犯罪者の処断を理由に,この市場を規制によって閉ざそうとするのであれば,それには異議を唱えることになるだろう。守るべきものは公正な市場であり,それはあくまでも責任に裏打ちされた自由なものでなければならないからだ。

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