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2006年6月23日 (金)

様々なる人々(7)

兜町はシマで,北浜はハマだ。ところで伊勢町(名証)や天神(福証)は何というのだろうか?多分無いだろう。いまではシマ>>ハマ>>>>伊勢町>>>>>「札幌」>>天神てな具合だろうか。だから相場名人の元に送られてくる風聞もしくは風説は「シマの噂」という具合だった。


今,シマの噂を間接的に手に入れるのに最も有効なサイトは,もう、気が済んだかい?会社ごっこ(兜町おさんぽ日記帖) であることは間違いなさそうだが,おそらく証券監視委員会の推奨ブックマークの上位にあることも間違いないところだろう。


さて,相場名人だが,こうしてそそくさと発注を済ます頃に,おばちゃん投資家がをそれを目さどく見つけることになる(まるでどこぞのドラマの台本に書いてあったかのように^^;)。おばちゃんは早速名人に尋ねる。「○○さん,何を買ったの(この会話部分は,各地域ごとに適切な方言に直して下さい)?」

「××を少しね」

「どうして買ったの」

「いや,△△の手が入っているらしいから」

決め事のように,おばちゃんはこう返事を返す。

「どうして(私に)教えてくれなかったの」


それでその気になったおばちゃんが参戦するのは,今さら言うまでもない( ̄_ ̄ i)


この時,たとえば銘柄A(千株単位)の時価が234円だったとすると,相場名人は現物だったら5,000株。信用なら10,000株の買いを入れている(大抵,後者になる)。おばちゃんの追撃は現物でも信用でも3,000株といったところだろう。相場名人は他のポジションとの見合いではあるけど打診買い。おばちゃんはどっちに転んでも追従買いである。


(続く)

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2006年6月 5日 (月)

様々なる人々(6)

☆ 前に書いたように,証券会社の店頭には幾つかの小さなグループが出来る。それぞれのグループには別の相場名人が中心にいるわけだが,選択テレビクイック端末を巡ってたまに小競り合いが起きる程度で,大概は相互不干渉である。もっとも大手母店クラスになると,そういうグループの存在を知らない素人衆選択テレビ不用意独占して,険悪なムードのなることも少なくなかった。


選択テレビではその名の通り自分の好きな銘柄登録できるので,相場名人は自分のページを何ページも持っている(確か選択テレビの登録可能ページは64ページか72ページだったと思う)。要はそこを開ければ名人銘柄四本値バイカイ(売り買いの板=ただし直近の一本のみ)が見られる。また,そこから個別銘柄選択すれば四本程度の歩みも見られるのだから,当時としては必須の武器だった。今だったらMarket Viewerなどで自宅にいても簡単見られるが,まだインターネットなどモザイク の向こうの世界だったのだ(爆)。


☆ 今でも変わらないが,店頭にそういう端末があると,それを独占したがる人というのは必ずいる。ご丁寧にメモ帳か何かに書いたMy銘柄コード一覧表持参する人も少なくない。気持ちが分からないのではない。少しでも相場と繋がっていたいのだ。たとえ売り買いに係れなくても(^^;)。だが,端末はチミの私有物ではないのだぞという空気がだんだん周辺に濃くなっていく。つまり険悪になっていく。銀行の振込機能付きATMの前の行列と同じだと言えば,イメージできるだろうか。まあそういうことで,最後に(今風に言えば)「お宅さぁ,いい加減にしてくんないかなぁ」という事で端末から排除されるのがオチである。


☆ 面白いもので,相場名人の注文営業を呼び寄せて小声で執行するものらしい。当たり前の話だが,自店内で提灯をつけられたくないのだ。買うまでは(^^;)。しかし,相場名人が相場を張るという話は,ついぞ聞いたことがない。だって早耳筋の追っかけなんだから,自分じゃ相場のイニシアチブなんか取れるわけがない。それでも相場名人にはそれなりの取り巻きがいる訳だから,買った後に講釈を垂れるためには自分の注文だけはそそくさと執行していただかなければならないのである。


相場名人が一番好きなのは相場師。これを相場師というかどうか個人的には異論を持っているが,誠備投資顧問室以来の加藤アキラということになるだろうか。清水一行が『擬制資本』で活写した,あの加藤である。


清水 一行
擬制資本

☆ 『擬制資本』のモデルとなっているのはMエンジニアリンググループ(の前身であるM鉄工所)。その後も加藤は,今はなきH製紙(現O製紙)や,日本C等の巨大仕手戦の主役を演じ,KNの仕手戦では「新しい風の会代表の肩書きで日本経済新聞市場面署名記事日経の報道への反論のレター)を掲載したことも知られている。しかし,加藤や彼がかつて外務員として勤めていたK証券(この辺全て伏字及びイニシャルなのは,関係者に迷惑がかかってはいけないからです)からの手口情報が伝わると,大手を除く証券会社の市場部ザワザワし始め,それがファックス経由で支店,そして相場名人の元へと伝わっていくのである。


(続く)

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2006年6月 4日 (日)

様々なる人々(5)

☆ さて,おばちゃん達が手っ取り早く頼りにする人達が都合良く店頭にいる。こういう人達は,陰で相場名人と呼ばれていた。名人は迷人に通じるとだけ書いておけば実情は容易に理解できるだろう(爆)。というのは,相場名人はいかなるファンダメンタルもテクニカルも関係なく,ひたすらトレンドフォローならぬ地場筋フォローを行う典型的な目先筋であるからだ。 従って,相場名人にとっての情報とは(証券会社の)市場部が兜町の地場筋の動きと称してファックスで送りつけるマーケットノイズのことに他ならない。もちろんマーケットノイズの全てがガセということはない。大抵はその日の朝刊に載っているような話だ。

☆ ベタ記事というのがある。見出しも一行という小さな記事だ。ベタ記事の効用は是銀さんこと是川銀蔵氏が別子(=住友金属鉱山)の菱刈鉱山の記事を見つけて80年代に残る大相場をやった(その経緯は是銀さんと同郷の作家津本陽氏の『最後の相場師』に詳しい)。

☆ また,日本工業新聞(現在のフジサンケイビジネスアイ )のようなあまり手に入らない新聞に掲載された情報というのも珍重された。これは効率的市場仮説 の裏側のようなもので,情報の理論的な伝播速度と実際のそれとの間に歪みがあるから,その裁定で取引ができるということ。言い換えれば早耳で買って,後からついて来る者に売りつけるということである。

☆ 手に入らない新聞と言えば昭和40年代の証券不況時に山一證券(当時)が日銀特融(第一回目)を受けるきっかけとなったのは西日本新聞 の報道だったが,当時の東京では地方紙を売るスタンドは数えるほどしかなく,若手が兜町から渋谷辺りまで走らされた(勿論都バスや地下鉄に乗って)という有名なエピソードもある。また,中部経済新聞 というこれも有名なブロック経済紙があるが,バブル崩壊の頃,名証を代表するハイテク銘柄の一つ富士機械製造 に関するこの新聞の記事が原因で小さな売りパニックが起きたことがある。このようにインターネット全盛の前の時代には,情報の流通は相場にとって死活問題となることが,まま起こったものだ。

☆ さて,そんな具合で相場名人は早耳情報兜町(シマ)の噂を好むのだが,玉石混交にしたところで何せ情報の量が多すぎる。結局は多すぎる情報に埋もれて右往左往するのが相場名人迷人たる所以でもあるのだ。そしておばちゃんギャラリーがそれに輪をかけてしまうのだから,確かに証券会社の店頭に居座って投資行動をするのは傍目に見える格好ほど合理的ではないのである。

(続く)

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2006年6月 3日 (土)

秋霜烈日2

☆ ここに一冊の本がある。『ヒルズ黙示録』(大鹿靖明)

☆ このドキュメンタリーについては,肯定的な評価と否定的なそれとが相半ばしている。ノンフィクションの常として,踏み込みにくい場所にも踏み込んでいることと,裏を取れないまま発表しているところもあるだろう。先日は検察庁に近いスタンスでこの問題や村上ファンドの問題を取り上げたが,それだけでは片手落ちだ。この本を読んで特に最後の部分では,検察の組み立てているストーリィに無理があることを指摘している部分があり興味深い。

☆ 村上ファンドのニッポン放送株取得について,ニュースや新聞で報道されている内容とこの本で書かれている内容のどちらが真相に近いかと問われれば,この本に軍配を上げざるを得ない。例えばさっき見ていたNHKのニュースは,村上ファンドがライブドアの時間外株取得の計画を知ってニッポン放送株を買い集めたというインサイダー取引疑惑があると報じているが,この本で書いているように欽ちゃんが堀江に話をもちかけたのが真相だ。ただし,話を持ちかけてライブドアが突貫工事で例の買付けスキームを作り上げた時期にMAC(村上ファンド)がニッポン放送株を買っていたのであれば,検察の立件はその点では有効であることを書き添えておく。

☆ ところで大鹿が『ヒルズ黙示録』の最後の部分(第7章IT許永中 P.319)で佐藤優がその著『国家の罠』でこんなことを書いていることを紹介している。

☆ 2002年5月に東京地検特捜部に逮捕された経験をもつ外務省のラスプーチン,佐藤優(起訴休職中外務事務官)も地検の元特捜部長と同じような時代観をもったうえで,この事件の捜査を「国策捜査」ととらえている。佐藤によれば,国策捜査は「時代のけじめとして検察が象徴的に作り上げた事件」と規定している。佐藤は著書『国家の罠』の中で,取り調べに当たった西村尚芳健二からこう言われたことを記している。
>「これは『国策捜査』なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。(中略)国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために,何か象徴的な事件を作り出して,それを断罪するのです」

☆ これを受けての大鹿の分析は卓見である。

☆ ライブドア事件は,規制緩和が進んだ新自由主義の行き過ぎを是正するうえで,起きるべくして起きた事件といえる。堀江が規制緩和と過剰流動性というカネ余りを享受した時代は,銀行の不良債権問題に起因した日本の長期不況と重なり合ってきた。しかし竹中平蔵が金融相に就いた後,銀行の不良債権問題はようやく解決に向かい,それにつれ景気は回復し,日銀は2006年3月9日,過剰流動性を生んだ量的緩和の解除を決めた。そんな時代の転換点に強制捜査は始まっている。

☆ そして前回,松尾検事総長の講話として記した部分とこの指摘は見事に一致する。規制緩和と過剰流動性を生むまでが,事前規制=監督行政の時代。量的緩和の解除は自己責任=事後制裁・救済の時代。その時代の転換点で金儲け主義の行き過ぎに国策捜査で鉄槌が下される光景を,さして事情を知らない一般市民に知らしめようという巨大マスコミの意図。これらが一連の構図として浮かび上がっている。

☆ 市場に係るものの端くれとして,守るべきものはあくまでも市場であり,市場を運営するフェアなルールである。再度繰り返すが,検察の目的がこれを守るものである限り支持する。しかし,それを逸脱して株主の正当な権利を抑制する方向に進むことを黙認助長するような姿勢を見せるなら,私はこの場を借りて断罪するだろう。

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様々なる人々(4)

☆ この話の一番最初に書いたように,人間とは面白いもので「自分だけしか信じられない」と常々思っていても,いざ相場に片足をつっこむと,肝心の自分をなかなか信じられないものらしい。

だからおばちゃん投資家を笑う資格は誰にもないわけだが(苦笑),スランプに陥ったおばちゃん投資家ほど厄介な存在もないというのが,証券会社店頭の常識でもある(爆)。というのも,おばちゃん達はありとあらゆる知識駆使してこの相場の分析を始めるからだ。その様子は,これも以前書いたようにウォーレン・バフェット言うところの「ミズ.マーケット」そのものであるのだから。

☆ おばちゃん投資家が好きそうなネタは,RSIとかMACDではない。もっともその当時はテクニカル指標と言っても,トレンド系が中心でオシレーター系の指標はまだあまり見られなかった(その意味でもパン・ローリング社 の功績は大であると思う)。今でもそうだがチャートブックロウソク足だから,おばちゃん投資家は当然チャートブックと首っ引きとなる。。。かといえば,これがそうではない。おばちゃん独特の嗅覚当りそうな株式評論家を探し始めるのである。

☆ この辺は絵に描いたような当たり屋につけなのだが,当たり屋の供給源業界紙と決まっていたから,自然と面子も決まってくる。まだ存命だった松本亨(日刊トウシ新聞社主の方です。英語関係無し^^;)を筆頭に大体バブル崩壊時淘汰されたメンバーが多かった。中には商法学者のくせに相場に狂った挙句,双方代理で逮捕された並木俊守のような逸材(もちろん冗談。。。実学者としての力量の全てを否定することはないだろうが,もう今の時代には過去の人だ)もいた。


日弁連会長声明 並木俊守元弁護士に対する東京地裁の有罪判決を聞いて

株式評論家という職業名は,最近は殆ど聞かない。これもすっかりおばちゃんになった木村佳子 さんくらいになってしまった。日本短波放送 (→ラジオたんぱ→ラジオNIKKEI) の投資番組の常連の批評だったらおばちゃん達に訊けば良い。小一時間みっちり教えてくれるだろう(爆)。そうしておばちゃん達は当たり屋を探しまくるのだが,当たり屋と言われる頃に曲がりだしの相場川柳の通り,バブル崩壊後の相場に当たり屋は数少なかった。

☆ 当時ありがちだった当たり屋の姿を高杉良が小説巨大証券 でチラッと描いている。真相は分からないが,雑誌の発売日に格差(東京と九州では2日)があることを利用して,東京発売直後に買っても地方発売時には売り抜けられるという技術が90年代にはあったらしい。そういうインチキを駆逐するのにITは大いに役に立ったと思う。

☆ 株式評論家の品評会に飽きたおばちゃん達が次に進むのは,占いの類である。占いといえば占星術のメリマン氏 が最も有名である。最も有名ということは,おばちゃん達にまで知られている訳で,メリマンレポートを読むお金が勿体ないおばちゃん達は,証券会社の店頭で大引け後にチャートブックを独占しては,そういうコーナーを読み漁り,またもや論評を始めるのである。そして占いの類が好きなおばちゃん達は,今日もまた新月はいつだの,満月はいつだと話のネタに困ることは無い状況が続き,店頭から人々が去っていってもいつまでも居残っているのだ。

(続く)

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2006年6月 2日 (金)

ネット証券は,一般信用に素人を引きずり込むことが適合性の原則に違反していないと言うのか?

ネット証券は,一般信用に素人を引きずり込むことが適合性の原則に違反していないと言うのか?

☆ どうにも納得がいかないことがある。

☆ 今年に入ってからの個人投資家の売買動向だ。

☆ 本来,1月16日夜にライブドアが衆人環視の中,東京高検の家宅捜索を受けた時点でショック安はかなり大きいものになると予想された。実際にここから2月まではそういう相場が続いたが,下がり方が思ったよりも緩やかで,リバウンドが比較的早くやって来た事が,イメージと大きく異なっていた。市場の一部には狼狽売りを吸収したという解説があり,確かにそうかもしれないとも考えていた。

☆ しかし,どうもその理由は違うところにあったような気がする。それは,信用取引における売り(買い建ちに対する売り落ち)が一向に進んでいないところにあった。本来,制度信用であれば6ヶ月という期限があるから,相場が下げ転換したのであれば買い方はいったん手仕舞うべき所である。しかし,今回はなかなかそうならなかった。なぜか信用倍率が縮まらない銘柄が主力株に続出していた。

☆ この理由を一般信用に置いてみれば合点がゆく。制度信用は先物と同じで,どこかで必ず反対売買をするか現引き・現渡しを行って決済しなければならない。つまり時間による制約を受ける仕組みになっている。だから制度信用を使って売買する場合は,ロスカットを励行しなければならない。自分が現在,信用取引をやらない理由はここにある。やはりどうしても相場の場味を見ないと思わぬロスを受けるからなのだ。

☆ だが,一般信用はその点では甘くなりがちである。建てっぱなしが出来るということは,実は制度信用以上に玉管理が出来ないといけないのに,ネット証券ではそういうことをきちんと顧客に説明して信用口座を開いているのだろうか?ネット証券だけではないかもしれないが,とにかく信用取引を小額から出来るようにすることで,手数料の薄利多売と資金の有効活用を考えた松井以下の証券会社の着眼点は悪くないと思う。だが,それが結果として,素人投資家を真綿で首を絞めるように追い込む結果に繋がっているのだとすれば,これは適合性の原則に違反している違法な勧誘だったと非難されて然るべきではないだろうか。

☆ 先日も指摘したマネックス証券は,信用の担保価値を突然蒸発させ,市場に更なる混乱を招いた。しかし,自社の利益に繋がる一般信用口座の拡大に邁進するあまり,適合性の原則すら忘れた勧誘活動がネット上で罷り通っていたとするならば,そんな証券会社に誰を指弾する資格があると言えようか。証券監視委員会,あるいは金融庁は,この一般信用口座の個人投資家への勧誘方法について各証券会社から聞き取りを行うべきである。健全な市場を育成したいのであれば,不健全なルールは排除すべきである。

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秋霜烈日

☆ 先週の日経CNBCエクスプレスに松尾邦弘検事総長が出演していた。内容は裁判員制度の説明と昨今の経済(市場)犯罪に対する検察のスタンスについてが主な内容だったと記憶している。

☆ 松尾氏によるとライブドア問題で検察が最初に注目したのはニッポン放送株式取得の頃だったという。当時は,ライブドアの株式取得に対するニッポン放送の対抗策について特別背任罪が成立しうる可能性があるというところから「私を含めてずいぶん勉強した」という。

☆ 今までは検察庁が経済犯罪に対して動く場合,大きく分けて二つのパターンがあった。ひとつは政治家が絡んだ贈収賄の案件,もうひとつは談合である。これは経済成長と共に経済犯罪の中でも国民からの非難が強まっている部分に着目してのことだろう。一般的な経済犯罪の場合,詐欺のような刑事事件では,警察が動くことになるし,場合によっては被害者の会のような形で弁護士から先に動くこともある(民事先行)。ライブドアを巡る対照的な動き(ニッポン放送のケースとライブドア自体の証券取引法違反事件)は,それらと異なり,検察のスタンスに変化が生じていることを示している。

☆ この点を松尾検事総長はこのように表現している。(日本経済新聞 第43241号 2006年5月29日第23面 特集「法化社会の企業責任(日経シンポ)」基調講演より引用)

>我が国は構造改革が進行中で、「事前規制型社会から事後制裁・救済型社会」へと大きく転換しつつあるといわれる。「透明・公正なルールに基づく自己責任原則のもとでの自由な競争・事業活動」が前提となる。

(中略)

>事後制裁の一つは行政処分。独占禁止法違反なら課徴金が課される。(略)

>司法面では,民事の損害賠償請求が制裁の一つの形だ。(中略)株主代表訴訟や被害者による損害賠償請求が制裁の一つだ。

>刑事事件は最後の担保で事後制裁の根底にある。刑事罰則は強化の方向にある。例えば証券取引法違反の罰則を懲役十年まで引き上げることも国会で議論されている。刑事司法は個人処罰が中心だったが,近い将来,法人処罰体系の抜本的見直しが必要になるのではと考えている。

☆ このように,法規範の番人たる検察の役割を自己責任原則の根底にあるものと定義し,最後衛に自らを位置付ける。これは検察という職業のプライド(威信)を現したもので明快であり,かつ興味深い。松尾総長の口を借りれば,検察は事後制裁の最終手段として存するのであるから,その役割は重大であり,決して犯罪行為を見逃してはならないということになり,そこには非常に強い意思表示がある。

>検察庁の守備範囲は最近は非常に広がってきている。特捜部を中心として贈収賄事件には相変わらず力を入れているが,新たな重点もある。

>一つは行政機能を阻害する罪。調査・検査の妨害や虚偽報告などで,事後制裁・救済の実効性を損なう恐れがあり,重い事件として考えざるを得ない。

>二つ目は司法の機能を害する罪。偽証や承認威迫(いはく),証拠隠滅などだ。従来は事案が解明されれば証拠隠滅は起訴猶予になったかもしれないが,今後は証拠隠滅は重く考えられることになる。

>三つ目は国民の健康,安全,財産に大きな被害を与える罪。株価操縦や有価証券の虚偽報告,食品や製造物の欠陥,あるいは環境の破壊などだ。

>四番目は公正な競争を害する罪で,典型は談合や競争入札妨害。改正独占禁止法で談合の東京高裁の専属管轄が外され,全国どこの地方裁判所でも裁判ができることとなった。中央だけでなく地方でも問題にするという国の姿勢の表れと受け取ってほしい。

☆ これは最初に示したとおりである。警察が地域社会の安寧秩序を守るためにあるのに対し,検察は犯罪として立件されるものに対する定義を明らかにした上で,事後制裁の最終手段として守るべきものは何なのかを具体的に挙げている。

☆ 四つの分類を見てみると,一つ目は検察機能に対する直接的挑戦者として位置づけており,二つ目は検察を含む司法機能全体への挑戦者として捉えている。三つ目は自己責任原則の対象である公共財として「国民の健康,安全,財産」を掲げ,それを脅かすものして捉えている。最後の四つ目は,企業の私的活動の充足を脅かすものとして捉えている。つまり,これらの脅威に対して公共財や企業の私的活動を含めた市民社会の秩序を守るために行われるべき最終的な事後制裁の行為者として検察の役割を説いている事が分かる。

☆ 松尾総長は日経CNBCの番組で修習生時代には弁護士志望だったと話していた。検察の説明で特捜部などの活動を見て検察官に志望を変えたと言っていたから,非常に道徳心の高い方とお見受けした。また,検事として記憶に残っている被告として20代で担当した連合赤軍事件のN,30代で担当したロッキード事件MルートのIなどを実名で挙げていたが,なるほど検事の中でも第一線のエリートであることも理解できる。


☆ そこで,今年に入ってからの検察庁(東京高検)の経済事件,特に株式市場関係への関わりを見ると,松尾氏が上で指摘している「自己責任原則の自由な競争・事業活動が果たして真に透明・公正なルールの下で行われていたのか?」という視点が明らかになってくる。

☆ 検察側からライブドア事件を見れば,有価証券の虚偽報告により,善意(=事情を知らない)一般投資家を欺いたというストーリィが成立する。また今回,村上ファンドに対して問い質しているのも,真に透明・公正なルールに基づいた投資行動であったのかという点に絞られてくるだろう。株主には投資をする自由がある。発行会社は株主を選ぶ自由はない。それは資本市場の基本的な仕組みである。しかし,その仕組みが成り立つためには「自由だ!」と叫ぶ投資家自体が市場を蔑(ないがし)ろにしたり,他の投資家を欺いて自らが不正の果実を得るようなことがあってはならない。それはもっともっと基本的な市場のルールである。

☆ 従って,私は検察庁がそうした公共財としての市場が投資の自由と株主の権利の名の下に踏みにじられることを断罪するのである限り,全面的に支持する。

☆ そして,これを支持できない者は,いかなる地位立場にあろうと,この国のあらゆる市場から退出することを強く希望したい。

しかし,万が一,たとえ検察であろうとも,一握りの犯罪者の処断を理由に,この市場を規制によって閉ざそうとするのであれば,それには異議を唱えることになるだろう。守るべきものは公正な市場であり,それはあくまでも責任に裏打ちされた自由なものでなければならないからだ。

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2006年6月 1日 (木)

様々なる人々(3)

☆ さて,昨日まで前振りをした話。

☆ おばちゃん達を担当するのはトップではないが,セカンドリークラスの営業マン。もともと相場好きとあって景気(=相場運とも言う^^;)の良い時は,店内でも上位に入る資産残高になっていたりするので,そういう時にはセールスにも力が入る。。。が,そこはおばちゃんたるもの,自らの力を過信して止めるのも聞かずいけいけどんどんに突っ走ってしまう。ただしそこは女性特有の慎重さもあって,めったやたらと買いまくるのではなく,ジーッと持ち続けることになる。営業マンからすれば,いい加減で利食って次の銘柄にした方がツキを逃さないのに。。。というところなのだが,おばちゃんの方は有頂天なものだから逆に「今売ったらツキが離れる」と思い込んでいて,頑として言うことを聞かない

☆ そうやっているうちに案の定,相場の潮目が変わりズルズル下げだすことになる。もえなえが紹介していた だったら,そこで利益確定して次の銘柄を探すことになるのだが,これが出来ないのがおばちゃんのおばちゃんたる所以(ゆえん)で,結局のところかつてないほどの大成功だった筈の銘柄がいいとこポテンヒット,下手をするとなぜか損切りで終わってしまう。

☆ そうなると,店内にはおばちゃん連中の愚痴飛び交うことになる。フロントレディなどは「また始まったか。巻き込まれると嫌だな。」と内心思いつつ平静を保っていられるが,迷惑なのは担当営業で,だから言わんこっちゃと思っても口には出せず,まして愚痴を聞かされるのだからたまらない。うまいこと他の顧客からの電話でも入ってくれば,そそくさとおばちゃんから離れて,それを潮に自分の相場(営業)に復帰することになる。

☆ 結局,良い時は長く続かずなぜかスランプの方が長くなるのがおばちゃんの投資傾向なのだが,それでも滅多な事では大負けをしないので,なかなか退場もしない。そうやって,おばちゃん投資家は今日も証券会社の店頭でああだこうだと言い続けるのである。

(続く)

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