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2006年5月30日 (火)

様々なる人々(1)

☆ 今日からしばらく,自分が出会ったり見てきた人の話を書いていく。

☆ まだバブル崩壊前後の話で,今の証券会社の店頭からは思いも寄らない事かもしれない。

☆ 昨日「占い」のことを書いた時にも触れたが,人間とは面白いもので「自分だけしか信じられない」と常々思っていても,いざ相場に片足をつっこむと,肝心の自分をなかなか信じられないものらしい。確かに相場というものは,毎日答え合わせを強制的に行うテストのようなものだから,勝ち続けるのは至難の業だし,よしんば勝ったところで最終の帳尻が合うかどうかは誰も分からない。ある意味「無間地獄」のようなものですらある。

☆ 毎日,証券会社の店頭にたむろする人々がいる。その理由はいうまでもなく相場があるからなのだが(笑),毎日毎日顔を合わせていると通勤電車で乗り合わせる客に似て来るのか,何となく他人という気がしなくなってくるものらしい。こうやって気がつくと幾つかのグループが店頭を占拠するようになっていく。同じような光景は,例えば図書館なんかでも見られるのだが,場所の取り合い,椅子の取り合いなどという些細なことから始まって,好き嫌いが生じるものらしい。そういえばかつて19世紀前半のロンドン証券取引所にはN.M.ロスチャイルドの「常駐場所」というのがあったらしいし,似たようなことは明治以降の特に東証を筆頭とするあちこちの取引所でも見られたという。場所取りは陣取りに通じるから,それこそ「今日の占い」みたいなものかもしれない。いつもと違う場所では,ゲンが悪いのである。

☆ また反面,一匹狼のような投資家も少なからずいる。この人達に妙に共通しているのは,やたら店頭に滞在したがらない(=さっきの人達と正反対)ということだ。自分のポジションを知られたくない(そういうグループの中には必ず一人は「訊きたがり,知りたがり」のオバちゃんがいるので^^;)ということもあるが,むしろそうした「ミスター・マーケット(バフェットの造語=市場の「ノイズ」)」に自分の判断を狂わされたくないからだろう。思うにネットトレードの恩恵を一番に享受したのは,このタイプの人達だったろう。

☆ さて,そんな感じで両極端の相場好きもしくはセミプロがいて,たまに中期国債ファンドを定期預金代わりに預けるようなタイプの人が来店するのがごくフツーの証券会社の店頭だった。店内には営業マンがいて場中は顧客に電話をして相場のことを話しているか,なにがしかの注文を取っているのか取って貰おうと粘っているのかしている。で,注文が取れれば専用端末に走って注文を通し,また電話するということで,傍目に見ても忙しそうなのが,店頭である。一方で80年代以降フロントレディが一気に増えたこともあり,そのセクション周りだけは銀行の窓口とあまりイメージ的に違わないという姿だったのが,当時の話だ。

(つづく)

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